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カテゴリ:佐野繁次郎資料
![]() ![]() 『かんだ』206号(かんだ会、二〇一二年三月三〇日)を西村氏より頂戴した。巻頭「かんだエッセイ 神保町彷徨(1)」として西村義孝「佐野繁次郎を探して」が掲載されている。佐野本蒐集の過去・現在・未来が語られており、改めてその圧倒的なエネルギーに感嘆させられる。『かんだ』は池谷伊佐夫さんの編集なんだ、なるほど。 スミスの本棚に『佐野繁次郎装幀集成』登場 http://sumus.exblog.jp/9842097/ 佐野繁次郎エッセイ集成 http://sumus.exblog.jp/12863593/ 佐野生原稿「幽霊か」 http://sumus.exblog.jp/10933778/ * その西村氏より神保町のこぼれ話が届いた。あまりに面白いので採録させてもらう。 《余談ですが、年配男性のキツイ一言を2件(発言者は違う人)聞き、当方の耳に残りました。 1件目は、田村書店前でタダの古本BOXから全ての本を持ち去る男性がいて、年配男性が「品がないことするな、全部持っていくなんて、あとの人へ残すものだ」と。 2件目は、先月末に新装開店した東京堂書店(コーヒー店を同じ敷地内に併設)の会計で書店員へ、年配男性が「この店は何屋ですか、何がしたいのですか。40年通って前の店を尊敬していましたが、グッドバイ東京堂書店」と。》 ![]() 『婦人画報』(婦人画報社、一九五二年六月一日、表紙=猪熊弦一郎)。佐野繁次郎の「巴里通信(七)」という短信が掲載されている(七ということはこれまで六回連載したということになるのだろうか)。そこに佐野の鑑識眼の確かさを証明する一文があった。 《絵ぢやないが彫刻みたいなもので、デュシヤム(DUCHAMP)というのを気のある人を覚えておかれるといい。レンガをつんだだけのやガラスで何かしたのが外国雑誌に出るから。これはピカソより偉いかもしれない。》 ピカソよりずっと凄いです。 ![]() ざっと他の記事も眺めてみると、田中英光・織田作之助の夫人の手記、由起しげ子の岡本太郎訪問記、猪熊弦一郎邸のリビング写真もあるなど、文芸の記事がかなり多くてインテリ路線である。 ![]() 『さしゑ 名作挿絵全集第四巻付録』(平凡社、一九三五年九月二五日)を某氏より頂戴した。ここには佐野繁次郎の挿絵二点(本文中に一点、表4に一点)と「雑感」という文章が収められている。エッセイの内容は北斎の線描画の礼賛である。 ![]() ![]() ![]() ![]() 題 名=花にふる雨 発 行=昭和1948年7月10日 著 者=宇野信夫 発行者=木村孝二 東京都台東区上野町二ノ四 印刷者=川上貞司/鉄道弘済会印刷所 東京都台東区上野山下町二 発行所=明正堂 東京都台東区上野町二ノ四 装 幀=佐野繁次郎(表紙) タ テ=185mm しばらくぶりの佐野本(上の画像は表紙1と4)。『佐野繁次郎装幀集成』133。戯曲集である。表紙裏には自筆の署名と俳句の一部?かとも思える文句がしたためられている。 ![]() 朝皃の垣耳(に)か希(け)た流(る) なお上野に現存する明正堂書店のHPによれば《明治45年6月 東京都台東区上野4丁目3番1号にて書店を開店/昭和23年12月 株式会社組織として、本社を台東区上野4丁目6番4号に移す》。明正堂および明正堂書店の刊行物には下記のようなものがあるようだ。 皇族御写真帖 1912 最新青年手紙の文 : 書き方作り方 植原路郎 編. 1924 最新実業手紙の文 植原路郎 編. 1924 各家必要簡明家計簿記法. 第1至4巻 甘利義一郎 著. 1924 世界飲物百科全書 : カクテル調合秘訣 佐藤紅霞 著. 1937 国民精神総動員精神文化読本. 第1輯 日本精神文化聯盟 編. 1937 肉付の面 : 読切集 大河内翠山 著. 1941 右門捕物帖 : 完本 佐々木味津三 著. 1941 大東亜戦争勝利の記録 永松浅造 著. 1942 稲田重蔵の妻 : 読切集 大河内翠山 著. 1942 明治新聞綺談 篠田鉱造 著. 1943 明治開化奇談 : 続篇「明治百話」 篠田鉱造 著. 1943
西村氏より新収の佐野繁次郎装幀雑誌の画像が送られてきたので掲載しておく。戦前と戦後の「スタイルブック」、基本的に変化していないような気がする。戦前の方がアヴァンギャルドではあるが。
婦人画報 スタイルブック 366号 東京社 1935.05.05 表紙 ![]() ![]() * 女性 スタイルブック 2巻4号 新生社 1947.04.10 表紙 ![]() ![]() ![]() 「新油繪第一回展覧會」出品目録のコピーを頂戴した。東京文化財研究所蔵。 於 東京銀座資生堂 一九三三年六月七日より十一日毎夜九時迄 この展覧会に出品していることは佐野繁次郎略年譜(柚花文編、『佐野繁次郎展』図録、東日本鉄道文化財団、二〇〇五年)には記載されていない。貴重な資料を深謝です。 ![]() 上野憲男さん宅で拝見した『カイエ ドオル』第一号(カイエ ドオル社、一九五七年、表紙画=パウル・クレー)。貴重なものだが、拝借して複写させていただいた。編集人は島田しず子(嶋田しず、画家)。題字、挿絵、広告の文字を佐野繁次郎が描いている。 巻頭は林芙美子『放浪記』よりの抜粋。編集後記にこうある。 《えを佐野先生にお願いしたのも、林先生が生前、お約束のあった事、両先生から承っておりましたので、両先生に厚く御礼申し上げます。》 佐野は林芙美子の単行本の装幀を戦前から戦後にわたって何冊も手がけているが、「お約束」とはどういう意味だろう。『放浪記』再刊の際には挿絵(装幀?)を引受けるということだろうか。初版は改造社の新鋭文学叢書(一九三〇年)として刊行されており、デザインはいかにも構成主義ふうのもの。 ![]() ![]() ![]() 次の石原慎太郎の挿絵は島田しず子。この時期には佐野とほとんど同じような絵を描いていたことが分かる。装幀本にもそっくりなものがある。島田はこの後、婦人画報へ移り、パリへ派遣されて、そのまま住み着いてしまうのだが、島田がパピリオを出た後、上野さんが採用されたという流れになるようだ。 ![]() ![]() ![]() 『色は匂へど 上野憲男 II』(何必館、二〇〇八年一一月一日)。上野憲男さんがパピリオに勤めておられた時代に佐野繁次郎といっしょに仕事をされた、と聞いたのは東京古書会館で「佐野繁次郎の装幀モダニズム展」を開催していたときのことである。 佐野繁次郎の装幀モダニズム展 http://sumus.exblog.jp/8725528/ 受付にいると、かつてやはりパピリオにおられた方が、佐野のことを上野さんからよく聞かされたとおっしゃって、「今度、上野さんは京都で個展をされますから、お話をうかがったらどうですか」と提案してくださった。 その個展の図録が上の写真である。何必館で個展とは驚いた。ちょっと近寄り難いかと思ったのだが、とにかく会場へ出かけて『佐野繁次郎装幀集成』を受付嬢に託した(作者はおられなかったので)。その後、幾度か手紙のやりとりがあって、ようやくこの度の上京に合わせ、上野さんから直接佐野繁次郎の思い出をうかがうことができた。 上野さんは若くして自由美術展に出品入選、絵画制作を続けておられたが、生活のために一九五八年の十二月にパピリオへ嘱託として入社、一時は社員となったものの、創作のため、出勤時間にしばられない嘱託にもどり、十七年間勤務されたという。そのうちの何年間かは佐野と机を並べて仕事をされた。 佐野が退社した後、企画部の責任者として商品のネーミングや広告、パッケージ・デザインも含めさまざまな仕事を残しておられる。なかでもPR誌『PAPILIO AMIE D'OR』(一九五九〜七二)の編集レイアウトは特筆すべきものである。最初は電通に依頼したもののダミーが気に入らず、上野さんとコピーライター氏と二人で独自に編集することになったそうだが、上野さんも当時をふりかえって「楽しかった」とおっしゃるように、まったく自由に大胆に誌面構成がなされている。「賞をもらったりもしたし、『花椿』よりいいと言ってくれる人もいましたよ」。たしかにカッコイイ。下記のサイトに『PAPILIO AMIE D'OR』の概要紹介がなされているので参照されたい。 http://uenonorio.com/remember-call/editorial-design.html 表紙の文字は佐野風だが、じつは上野さんの筆。 ![]() 来年に予定されている何必館での個展出品作に囲まれながら時間も忘れてお話をうかがっているうちに日没が近づいてきた。うっそうとした森に囲まれたアトリエと棟続きのご自宅(写真下はリヴィングの展示スペース)。 ![]() ![]() 佐野についての上野さんの回想は改めて報告したい。 ![]() 今月になってから本ブログの「検索ワード」のトップに「山中独膳」が躍り出ている(daily-sumus、林、などは除外して)。理由が分からないので当方も検索し返して(?)みると、それは日経新聞に小林勇の『山中独膳』が取り上げられたためらしい。急に特定の単語が増えるときは、テレビか新聞に出たとき。あるいはときにツイッターではないかと思えるものもある。 そして数字的には少し離れた第二位が「佐野繁次郎(および佐野繁治郎)」だった。その理由もよく分からなかったのだが、どうやらこの『考える人』(新潮社)に連載中の津野海太郎「花森安治伝」だったようだ。最新号(二〇一一年秋号、二〇一一年九月一日)で佐野繁次郎と花森の出会いについてかなり詳しく考察されている。 ![]() ブログ読者の方から小生の名前が出ているとお教えいただいたので、近所の書店へ走って立ち読みしようと思った。ところがざっと読んでみると、なかなかよく調べられており、花森伝とともに佐野伝にも役立つ内容だったので購入することにした(佐野伝を書いているわけではありません)。津野氏は文中で『佐野繁次郎装幀集成』(みずのわ出版、二〇〇八年)の年譜を何度も引用し、林哲夫編年譜と書いてくださっているのだが、実際はちゃんと付記してあるようにその内容の九割以上は橋秀文(神奈川県立近代美術館)さんの作ったもので、記述もかなり簡略化している(その分読みやすくはなっているが)。汗顔のいたりなり。 * もうひとつ佐野関連で『日本古書通信』985号に曾根博義「犬も歩けば近代文学資料探索」連載(20)に改造社から昭和八年に出た『横光利一集第一巻』について書かれていた。これはなかなか興味深い内容だった。 ![]() 《『横光利一集 第一巻』は、昭和八年十二月十六日、改造社発行。装幀・佐野繁次郎。四六判函入本文三六字×一二行、全五三八頁、定価一円八〇銭。巻頭に見開き二頁の目次があるほかは、各篇の扉と本文、奥付のみ。単行本の小説集とまったく同じ体裁である。ただ一か所、奥付中に記された書名は「横光利一集 第一巻」/「思ひ出」」。》 奇妙というか、少し風変わりなのは、第一巻ながら収録作品が昭和七〜八年に発表した最新作十篇だということである。 《ところがこの『横光利一集 第一巻』は『横光利一全集 第一巻』ではない。ないからといって「第一巻」とあるのだから、個人の全集あるいは著作集と思うのがふつうだろう。しかしこの本には第一巻だけがあって、第二卷以下はないようなのだ。 一般に物が存在することを証明するより、存在しないことを証明することの方がはるかに難しい。》 曾根氏が八方手を尽くして探索されても第二卷どころかその予告や広告すら発見できなかったそうだ。そしてそれは昭和九年に発行された『川端康成集 第一巻』(装幀=芹沢銈介)でも同じことだった。曾根氏は遠回しにこう判断されておられる。 《造りの重厚さや美麗さにもかかわらず、著者が本にしたいと思っている作品を、何でもいいから一冊にまとめてしまえと思って作った本のようにも見えかねない。》 とりあえず他所の版元が出さないうちに囲い込んでおこうということか。横光で言えば雑誌『改造』に掲載されて大評判となった「機械」が白水社から刊行されたのが改造社としてはよほどシャクだったのだろう(『機械』は佐野装幀本の代表作の一つである)。その拙速を尊ぶこころ(?)で作られた『川端康成集』の場合、川端が秘かに自信をもっていた文芸時評が著者の意向を受けて十一篇ほど採られている。これが文芸時評の収録された川端最初の本になった。瓢簞から駒である。 ![]() 日本婦人 1巻2号 大日本婦人会 1942.12.01 題字=佐野繁次郎 表紙画=中西利雄 ![]() 看護技術 5巻4号 メヂカルフレンド社 1959.04.20 題字=佐野繁次郎 西村義孝氏より新収の佐野繁次郎資料データが届いた。まだまだ出てくる雑誌の仕事。 < 前のページ次のページ >
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