林蘊蓄斎の文画な日々
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メイゾン鴻之巣

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いつもは午前中にブログを見ることはほとんどないのだが、今日は、ふと、のぞいてみたら、神保町系オタオタ日記に《本日の日経朝刊最終面に奥田万里さんという人が「文士憩う東京初のカフェ」で「メイゾン鴻之巣」について書いている》という記述を発見! あわてて新聞を買いに走った。

まずセブンに駆けつけたところ、朝日、読売、毎日、産経とあるのになぜか日経がない。新聞ラックにポッカリと空欄ができている。ひょっとしてアメリカの経済恐慌のせいで、日経が売れてしまったか? などと邪推するも、手に入らないのでは仕方がない。ちょっと青くなりながら、足早に駅ビル二階改札口前のアズナスへ。ここは場所柄、新聞は大量に積み重ねてあった。日経朝刊が140円だということをはじめて知った。

筆者の奥田万里女史は夫君が「メイゾン鴻之巣」主人奥田駒蔵の孫にあたり、五年前より祖父の事績を調査し始めたとのこと。駒蔵の生年は明治十五年、没年は大正十四年。生れは京都府久世郡寺田村(現城陽市寺田)。十二歳で学校を辞めて(辞めては卒業ではない?)京都のスッポン料理店を経てベルギー公使館のコックになり、明治四十年に欧州に渡ったという。弱冠(あ、弱冠は二十歳のことだが、まあいいや)二十五歳である。いや、明治の二十五歳は立派な大人かもしれない。そして帰国後の明治四十一年(四十三年とも)に日本橋小網町の鎧橋のたもとに「メイゾン鴻之巣」(鴻ノ巣、鴻乃巣とも)を開業した。

店の名前は故郷の「鴻ノ巣山」にちなんでいる。鴻ノ巣山はJR城陽駅の東方、周辺に山城総合運動公園太陽が丘、東城陽ゴルフ倶楽部、城陽カントリー倶楽部、陸上自衛隊長池演習場などが開設されている。宇治平等院の南方すぐのところと言った方が分かりやすいかも知れない。永井荷風は「大阪の人」と日乗に書いているが、実は京都の人だった。

その他、重要なことは『カフェエ夜話』という雑誌を駒蔵は大正十二年三月に創刊しているという指摘。創刊号と三号(十二年五月)が日本近代文学館に所蔵されているそうだ。親しかった与謝野夫妻、白秋、光太郎らが協力したとか。これは見てみたい。

ただ、《東京で初めて「カフェ」を名乗るこの店を開いた》は誤り。「メイゾン鴻之巣」なのだから、カフェを名乗っていない。この名前については以下のような記事を発見してあるので、引用しておこう。『文章世界』明治四十四年九月号。

《"maison" といふ字には議論があつた。高村光太郎君は少し大袈裟すぎる、Café が適当だらうと言つた。が、たまたま京都から出て来た上田敏氏は、いや、これだけの正式の洋食が出来るならば maison も差支へなからうと言つた。》(「夏の夜のメイゾン・コオノス」)

この内容が四十四年だから、明治四十一年開店よりも四十三年開店説を支持したくなる。四十年に欧州に渡って一年後に開店はちょっとあわただしすぎるような気もするし。

また、すでにオタどんや黒岩比佐子女史が証拠物件を挙げているように、『寺田寅彦日記』、『月刊食道楽』の第三巻第七号(明治40年6月1日発行)などに、遅くとも明治三十年代から一高の前に「本郷カフエ(カツフエ)」が存在した。その支店「早稲田カツフエ」もあったらしい。こちらはちゃんと「カフエ」を名乗っている。ただし内実は学生向けの洋食店だった。

もうひとつ、駒蔵が絵をしきりに描いていたことについてまったく触れられていないのが惜しい。奥田女史は『祖父駒蔵と「メイゾン鴻之巣」』(かまくら春秋社出版事業部、二〇〇八年)を執筆されているとのことなので、そちらに詳しく出ているかもしれないが、晩年はとくに絵筆に情熱を燃やしていたようだ。例えば、沖野岩三郎『宛名印記』(美術と趣味社、一九四〇年)には次のようにある。小田原の奥田邸に招かれた沖野はたいへんな歓待を受けたという。

《その頃鴻の巣主人は頻りに絵を描いてゐた。[略]彼の言つた言葉で忘れ得ないものがある。曰く、『色、食、画、』これが彼の三慾だつたのであり三楽だつたのである》

色、食、画、の三楽とは素晴らしい。ちなみに同年生れには、斎藤茂吉、石山賢吉、山頭火、青木繁らがいる。明治第二世代と呼ばれるようだ。
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by sumus_co | 2008-10-01 22:30 | 喫茶店の時代
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