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日露の戦聞書

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『横光利一全集』第八巻(非凡閣、一九三六年)に貼付されていたレッテル。今日、たまたま整理中に発見した。神田の有楽堂書は新刊書店のようである。上部が破れているらしいのがちょっと惜しいなあ。

÷

さらに『歴史のかげにグルメあり』の余韻で、こんな本が目についた。宇野千代『日露の戦聞書』(文体社、一九四四年二刷、装幀=青山二郎)。これは裸本だが、たしかジャケットがあったと思う。宇野の舅、北原信明は明治六年生れ、日露戦争のときに第一軍近衛師団砲兵弾薬大隊付きの軍医として出征した。夫の父の昔語りを宇野がメモしたものだという。第一軍なので旅順攻撃については何も触れられていないものの、東京から出発して朝鮮へ、さらに鴨緑江を渡ってロシア陣地へ進軍するさまは、あまりにリアルすぎて、滑稽でさえある。

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面白い逸話満載ながら、ここではグルメに絞っていくつか引用する。日本軍は明治三十七年五月初め、鴨緑江の対岸にある要塞・九連城を落した。

《九連城の分捕り品の中でな、始めて見て感心したものが三つあつた。武器では機関砲だが、外に携帯野菜とでも言ふか、乾燥野菜だな。乾燥して圧縮した奴だが、重箱くらゐの大きさの、白い塊りがあつた。それを、ほんの拳大くらゐに砕いてバケツに入れ、水を入れて打ち込んでおくと、それが、バケツに一ぱいのキヤベツになるんだ。まるで手品のやうな具合にぢやな》

三つ目は水に濡れても大丈夫な繃帯パック。それにしても、われわれが即席麺でお世話になっている乾燥キャベツはすでに実用化されていたのだ(!)。とにかく装備についてはロシア軍が圧倒的に贅沢だった。このときまで北原たち兵士ですら機関砲を見たこともなかったというくらいだから驚く。それで戦争をおっぱじめるのだから。さらに進軍、奉天から撫順へ続く鉄道の駅にはロシア軍の軍需物資が放置されてあった。

《兵隊の食糧である缶詰類、塩鮭なども無闇にあつたよ。露西亜でも塩鮭は食べてをると見える。まあ、さういふものは、わが兵たちも持てるだけ持つて行つた》《兵隊たちももうながい間といふもの碌なものは食べてをらんのだ。その鮭は甘塩でうまかつたなア。缶詰めと言ふと小さいものと思つてをるけれども、肉の缶詰なんぞは石油缶くらゐもあつて、歩兵隊の者なんぞは重くて持てんのぢや。》

《支那と言つても、今で言ふ満州だが、この辺りの常食は高梁ぢやアない、玉蜀黍だ、玉蜀黍を粉にしてつくつたものでな、ちやうどカステラのやうな具合にふうはりとしてをつて、見たところはまことに旨さうに見えるのだが、食べて見ると、少し酢つばいやうで不味い。食べ物と言へば、満州に大豆からとる油がある。今日で言へば笑はれて了ふやうな話であるけれども、兵隊が、あの大豆の油で揚げ物をしても好いかと訊ねに来た。それをわしは、豆の油は中毒するから食ふなと言つたものだ。大笑ひだよ。》

日露戦の兵隊たちはカルチャーショックの連続だったろう。何しろ、戦闘による死傷者よりも、病気で送り返される兵士の方が多数を占めた。食事のせいで、脚気と胃腸病が多かった。さらに夜盲症(鳥目)になる兵隊が続出した。要するにビタミンA不足。

《鶏、豚なんぞの肝臓を食べさせて、二十日くらゐのことで病人はみな治つて了つたが、一時は騒ぎであつたよ》

そして旅順陥落のニュースについてはこう書かれている。

《あれは一月元旦の夜であつたが、旅順陥落の報が全線に伝はつた。その晩一晩といふものは、もう夜通し万歳万歳でもつて眠られなかつたよ》

しかし媾和条約が締結されるのはそれから九ヶ月後のことになる。媾和当時の日本軍は四十万、一方のロシア軍は六十万にふくらんでいたという。

《あのまま戦争を続けて行つたならば或ひは勝てんやうな場合もあつたかも知れんとさう言つてをる者もある。だが、兵隊は何にも知つてはをらんからなア。媾和といふことをきくと、これぢやアまだ足りん、もつと遣りたいとみな言つたものぢや。とにかくここで、開戦以来二十ヶ月、日露の戦は終つた。》

この薄氷の勝利が日本にもたらしたものは計り知れない。善くも悪くも。
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by sumus_co | 2008-08-24 21:29 | 青山二郎の本
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