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サザエさんたちの呼びかけ

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『サザエさんたちの呼びかけ』(震災・まちのアーカイブ、二〇〇八年)。阪神淡路大震災の記憶と記録を考える「瓦版なまず」十年間分が一冊にまとめられた。発刊の辞で季村敏夫さんはこう書いておられる。

《〈書かれなかった事は、無かった事じゃ〉。これは、短編小説「文字禍」(昭和17年)で発せられた中島敦の声である。ならば、記述からもれてしまった事は歴史と見なさなれないのか。そうあってはならないという憤怒を抱え、あの日私は転がって居た。》

《「書かれた」物が失われる事がある。散逸そして隠蔽である。だからこそ保存の重要性が見直され、その活動に力をそそぐことになる。私たちのグループも、資料の保存活動の一角を担ってきたが、「書かれた」物は、「書かれなかった」事の一部に過ぎないと絶えず遅れて気づかされてきた。》

「瓦版なまず」の内容は震災に関連することばかりではなく、神戸を核としたさまざまな話題が掘り下げられており、じつに貴重な記録となっている。装幀を担当させてもらった。

÷

阿川弘之『志賀直哉』(新潮文庫、一九九七年)を読んでいると、旧仮名についてこんな会話が収められていた。

《駅名標示の仮名遣いが表音式に変る少し前、品川駅を発車しようとする電車の中で、
「品川は『しながは[二字傍点]』かい?」
 標示板を指して質問されるから、
「はい。川はかは[二字傍点]です」
 そう答えると、
「ああいうことは煩いね」》

「小説の神様」と言われた志賀直哉にとってさえ旧仮名遣いは煩わしいものだった。この阿川の回想は志賀が敗戦直後に日本の国語をフランス語にしてしまえという意見を発表したことに関連している。志賀は森有礼の英語採用論を戦時中にたびたび思い浮かべ、そこからもっとも美しい言葉であるフランス語を国語にしたらいいだろう、と考えるようになったらしい。

実のところ、森有礼の「英語採用論」は英米の言語学者にも拒否されるような内容だった。それもそのはずで、英語採用というよりも、新しい英語を日本で独自に作ろうと考えたらしい。

《森は、「日本の言語」を「日本語(やまとことば)」と「中国語(漢字・漢語・漢文)」とが無秩序に混合した「貧しい」言語とし、「日本の言語」では近代化は困難と考え、「簡易英語」を提唱した。
「簡易英語」とは、「英語には『正書法に語源あるいは発音にもとづいた法則、規則、秩序が欠けていること、大量の不規則動詞があること』が、『英語の日本への導入を』困難にしている」ことを踏まえて、「『日本国民の使用のために英語から全ての不規則性を取り除』」[イ・ヨンスク『「国語」という思想 近代日本の言語認識』岩波書店、1966]いたものである。》(飯島要介「『「国語」という思想』を読む」

これは英語をベースとした理想言語の構築である。幕末から明治にかけて日本語の簡略化をすすめようという論議はいろいろな人が起こしているけれど、ここまで過激なものは少ないようだ。言語を単なる「道具」と考えれば、これはしごくまっとうな発想ではないか。ただし理想都市が住みやすい街だとは限らない。ある意味、今日では、森が構想したような簡易英語に類するインターネットという道具を介しての共通言語が構築されているのかも知れない。

なお志賀直哉は東京帝大の英語学科中退。「小説の神様」という形容は志賀の「小僧の神様」という小説の題名をもじったものだということを初めて知った。いや、この評伝は初出(『図書』岩波書店)のときに読んだはずなので、単に忘れていたというだけか。
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by sumus_co | 2008-03-20 20:58 | 古書日録
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