okatakeの日記に『彷書月刊』12月号の「ナナフシの散歩道」で田村さんが『日米會話手帳』(科学教材社、一九四五年)について書いているとあったので、まだ開いてなかった『彷書月刊』の封筒を切って読んでみる。特集は「語りの文学」。落語、説教、河内音頭、講釈・浪花節、語り部、平家物語、詩の朗読、テキヤの口上、絵本の読み聞かせ、天満繁昌亭日乗。かたり……は「かたり」(騙り)か。田村ナナチアンいわく
《小店目録の一番人気は『日米會話手帳』。誠文堂新光社の小川菊松さんが敗戦の日にひらめいたという戦後最初のベストセラーだ。刊記は昭和二十年十月三日。刷り数の記載がないので何刷かわからない。記録によれば九月に刊行されているらしいので、初刷ではないと思う。思うので売値を四千円とした。で、注文が四名。厳正ニ抽選ヲ行フ。》
上に掲げたのも十月三日発行となっている。科学教材社は兄弟の会社。ググってみると初版は九月十五日発行だったらしい。これをどこで買ったのかは忘れたが、安かったのは間違いない。ほとんどパクリとおぼしい『ポケット会話』(京都印書館、一九四五年)と『実用日米会話』(綜文館、一九四六年)も一緒に保存してあった。後者は大阪の版元。
『日米會話手帳』、一ページ目を開くといきなり日常会話からスタートである。
1. 有難う Thank you !
Arigato サンキュー
2. 大変有難う Thank you awfully.
Taihen Arigato サンキュー オーフリ
3. 今日は How do you do ?
Kon-ni-chiwa ハウ ディ(ハウ ディ ドウ)/Good day ! グッディ
などと30番(今忙しくて駄目です Sorry, I'm in a hurry ソリ、アイム イナ ハリ)まで。チョコレートもらってすぐにお礼が言えるように「サンキュー!」が一番最初かな(?)。他に単語や数、そして道を訊ねる会話があって、それに関連した施設名などが収められている。日本人向けであると同時に外国人にとってもカンタンなカイワのテビキになるよう工夫されていた。
京都の『ポケット会話』の方は十一月に発行(奥付によれば四万五千部)だが、おもむろに予備知識やアルファベットから説き起こす初歩の教科書的な構成。大阪の『実用日米会話』は後発(昭和二十一年一月)のせいか、英文には一切カタカナの発音表示はなく、ページの片面・英文、裏面・日本語訳というふうに会話を丸暗記するためのやや上級向けの内容である。
他にもたくさん類似商品が出回ったのだろうが、この三冊を較べるだけでも、小川菊松のぶっつけ本番的な編集は、ただ人より先んじたというだけではない、ベストセラーにするだけのウマさを感じさせる。今、人が何を欲しているのか、それが分かっていた。なお現時点では「日本の古本屋」には見当たらないようなので注文が重なるのも頷ける。国会にもなく Webcat でもヒットしないし。