林蘊蓄斎の文画な日々
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先生とわたし

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『新潮』三月号掲載時から話題になっていた四方田犬彦『先生とわたし』(新潮社、二〇〇七年三刷)を読了。とても面白かったが、案外つまらなかった。先生というのはイギリス文学者・由良君美であり、わたしは四方田本人である。自身の体験を通して「師と弟子」の関係を分析したような内容。

面白かったのは、戦後の思想書出版のひとつの動きが由良君美の活動に即して明晰に跡づけられていること、これがたいへん興味深い。なかでも久保覚という編集者の生涯。その道筋に驚かされた。在日朝鮮人として生れ、大学に進まず、現代思潮社に入社。埴谷雄高、トロツキー、ブルトン、ブレヒトなどを次々手がける。花田清輝に誘われ學芸書林の『全集現代文学の発見』に参加。一九六七年にせりか書房を設立。「現象学研究会」次いで「はじまりの会」を組織、さらに「現代批評の会」を発足させる。『新日本文学』の編集委員、編集長を務めエッセイを執筆。花田没後はせりか書房を退き講談社の花田全集に参加。《黒テントと晶文社と『新日本文学』が形成する三角形の内側で、彼はベンヤミンとブレヒト、金芝河、ロシア・アヴァンギャルドを語り、1998年に61歳で逝去した》。久保覚の詳細な伝記が読んでみたくなる。(影書房から2000年に遺稿集が刊行されている。四方田氏はそれに拠ったようだ)

由良という人物は一種の書痴だった。

《彼は書物を情報の集積物としてのみ遇することを軽蔑した。書物はまず質量をもったオブジェであり、整理カードや検索機に還元できない、非能率的な何物かでなければならなかった》

没後、四方田氏は由良の書斎をのぞく。

《わたしは許可をもらって、はじめて由良邸の二階全体を占める巨大な書庫と書斎に足を踏み入れることができた。本棚は二重にわたって夥しい洋書が並べられ、それでも溢れきった書物が堆く床に積みあげられている。もし人間と同様、書物にも牢獄なるものがあるとすれば、さしずめそれはピラネージの描いた無限の回廊の書物版というべき光景であった。》

そして未亡人から二冊のブレークを見せられた。

《わたしに向かって、19世紀初頭に刊行されたと思しきブレイクの初版本を2冊並べて見せ、そのどちらかをロンドンのオークションで300万円で競り落としたときほど、由良が嬉しそうな顔をしていたときはありませんでしたといった。》

この書斎がどんなものだったか。一部分ではあるが、『太陽』特集・本の宇宙誌(平凡社、一九八九年六月号)に蔵書の紹介とともにその写真が掲載されている。

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由良の文章は造本史のようなことを手際よくまとめてあるだけで、あまり印象には残らないもの。ただし『先生とわたし』を読んだ後だと、その言及のひとつひとつになるほどと頷ける。四方田氏がこの蒐書の側面に冷淡なのが、この本をかなり薄くしてしまったように思う。由良にとって書物を得る喜びがいかに大きなものだったか。まあ、これは伝記ではない。師弟関係に関する覚え書きのようなものだから、そこまで突っ込む必要も感じなかったのだろう。書物の牢獄……そこに断絶がある。

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『彷書月刊』新年号の原稿依頼あり。それがマンガを描けという注文なので、本日はそれに取りかかった。中学生までは漫画家になりたかったが、アイデアに自信がなくて絵描きになったわけだ。馬齢を重ねた今になってもそこがやはりいちばん難しい。

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『サンパン』14号の再校が届く。行数の問題で、こちらが指定したようにならなかったので、少し行が増えるように指定し直す。松本さん、少し体調を崩されていたそうだ。健康第一でぼちぼち行きましょう。
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by sumus_co | 2007-11-17 22:03 | 古書日録
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