林蘊蓄斎の文画な日々
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ないしょ

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『伊藤茂次詩集 ないしょ』(外村彰編、龜鳴屋、二〇〇七年、表紙画・扉画=滝田ゆう)が届く。龜鳴屋らしい隅々まで心のこもった造本、まずそれに感嘆する。

伊藤茂次については外村氏の解説に詳しい。詳しいといっても、きわめて乏しい情報を氏が丹念に調査収集されていることに驚かされるというまでだ。大正十四年に生れ(生地未詳)、平成元年に京都市左京区一乗寺大丸町のアパート喜合荘で没した。最晩年は生活保護を受けていた。近江詩人会の『詩人学校』にほとんどすべての詩を発表し、『詩学』に二度掲載(再掲)があり、第二回滋賀詩人祭で佳作第一席になった。そんな経歴で判断するなら、それだけの無名詩人であった。

天野忠が『我が感傷的アンソロジイ』(書肆山田、一九八八年)に伊藤の二作「ないしょ」「自分のこと」を引用しながら伊藤の人と作品について書き残した。これが伊藤生前の数少ない評価、勲章であったろう。「ないしょ」は妻の病と浮気を扱って映画のワンシーンを見るような巧妙な作品である。これはとくに冴えている。そして少々嘘くさい。

小生はそういった評価の高い亡妻モノよりも、もっとどうしようもなくなった頃、晩年の糸の切れかかった凧のような、すさんだ感じが好きだ。以下は「辻潤再来」(昭和六十一年)。

 三つ児の魂百まで
 そのせいかも知れない
 僕の昔時代劇のどさ廻りや
 エキストラの体験があるんだ
 寒い日の感じで
 あわせの着流しで遊人風
 ヤソを組んで
 酒屋の暖簾にひょいと首を
 つっ込み一杯くんな
 と云う仕種が一番好きだった
 それで今ではアルコール依存症
 なんべんも病院生活のみ助の冷飯ぞおり

 辻潤と僕の顔は似ている
 脳味噌も似ているのだろう
 辻潤は谷崎潤一郎に随分世話になった
 僕も大野新さんに迷惑を掛けたり
 世話になった
 先月も日用品でも買ってくれと
 五千円が速達で病院に送ってくれた
 またたのみます
 昔故山前実治氏経営していた
 双林プリントに入社したがさっぱり駄目な使用人
 だった
 そこで山前社長や大野新さんに
 門前の小僧習わぬおきょうを読む
 で詩を少し覚えだしたのである
 今やその個性的な味と天分に
 恵まれてのんべえ詩人と云えば
 恐れられている僕なのだ
 辻潤は思想家であるという
 僕も無垢の思想みたいなものも
 あるだろう
 酒ずきでだらしないのも
 よく似ている
 辻潤も髭を生やしていた
 僕も今同じような髭を生やしている

死に様も辻潤と同じだったわけだが、伊藤のような孤独な人間、酒浸りの男はどこにでもいるだろう。しかし伊藤には詩人と名乗り得るだけの才能があった。それはこの一冊の文庫本(しかし四百十数頁!)に編まれた百編ほどの詩がはっきりと物語っている。いや、この一冊によって詩人になった。詩人伊藤茂次はここにしか居ない。龜鳴屋の慧眼恐るべしである。詩に興味のある者は必ず一冊買うべし。限定333部、アッという間に売切れる。
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by sumus_co | 2007-06-21 21:46 | おすすめ本棚
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