『阪急美術』第四十四号(阪急百貨店、一九四一年五月五日、表紙装釘=川西英、表紙題字=喜多村緑郎)。編集兼発行人が山内金三郎。卷末の「美術往来」という日録欄に《早く一本立ちにして、名実ともに恥ずかしからぬ新古美術と茶道雑誌に成長させたいものだ》とある。なお創刊号は昭和十二年十月十日発行。
赤字で表紙に旧蔵者の書き入れがある通り、高安吸江「
光悦の謡本」という記事が重要であろう。本阿弥光悦の自筆もしくは同系の原稿を版下として造った活字本で、
光悦の意匠装幀により美書として知られている。五種のグレードがあるらしいが、高安稿によれば、その演目は全部で百二十五番だそうだ。展覧会場のショーケースで何冊か見た記憶があるが、やはりきわめて豪奢かつ簡素な造本だと思った。
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ナベツマが大阪の南部へ仕事に出かけたので、小生が料理をしようと、流し台の下に収納してあった深鍋を取り出した(ルクルーゼではありませぬ、ただのアルミ鍋)。蓋を開けると、おや? 底の方にすでに水が幾分か溜まっている。しかもやや濁っている。前回使った後、忘れていたのか、いや、そんな馬鹿なことはあり得ない。水の湧いて出る鍋! 湧水ナベ……なわけもない。
で、流し台の下にもぐってよくよく調べると、配水管の継ぎ目からごくわずかに水がもれ出していた。それがポトリと鍋の蓋の端の方に垂れて、そのまま蓋の側面を伝わって蓋と本体の隙間から内側へすべり落ちたようだ。コップ一杯くらいはゆうに溜まっていたので、何日もかかったのだろう。水道管の構造に問題があったか、いや、単に古いだけだろう。