林蘊蓄斎の文画な日々
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漾虚集

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夏目漱石『漾虚集』(大倉書店、一九一九年七版)。装幀は津田青楓と思うが、サインなどは見当たらない。

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『VIKING』673号の清水幸義「楽友会館雑記」は敗戦前後に京大の学生だった時代を懐古する内容。面白く読んだ。その中に八月十五日、昭和天皇のラジオ放送のことがある。敗戦を体験した多くの人の回想に必ず出て来るヒトコマ。例えば先日紹介した『ストイケイオン』の吉田明弘「敗戦記(第二話)」ではこのように書かれている。

《アナウンサーが何か云った。皆、気をつけ、の姿勢をとった。しばらくすると、ブチッ、ブチッ、シャーという雑音の間から、不思議なしゃべり方をする声が小さな音で聞こえてきた。
 ウワーッ、これが天皇陛下か。神主さんのノリトみたいなしゃべり方だな、と洋介は思った。ただ、二カ所だけ、「コーソコーソ……」というところと「……ニタエ」という所が聞きとれただけだ。意味なんかさっぱり分からない。二、三人の大人たちが、放送が終わってから泣いていた。そんなに悲しいことをしゃべったんだ、と洋介は思った。》

その後、区長がラジオを止めて、ポツダム宣言受諾し連合国に降服したことを皆に伝えた、というふうになっている。以前、TV番組で耳にしたことがあるけれど、このラジオ放送は文言はもとより、きわめて聞き取りにくい音質のものだった。なのにどうして、すぐに泣き出す人々がいたのか、どうも合点がいかなかった。例えば、北杜夫は松本高校生で工場に動員されていた敗戦の日をこういうふうに書いている。

《陛下のお声は妙に甲高くて聞きとりがたく、それよりもラジオにひどい雑音が入るため、私はまだその内容を理解できずにいた。不意に、前にいた生徒が肩を震わせ嗚咽を漏らし始めた。そして私もようやくそれが、敗戦を、敵方の共同宣言受諾を告げるものであることが理解できた。》(朝日新聞2000年4月19日号)

池島信平は召集されて千歳の海軍設営隊にいたときに放送を聞いた。

《兵士の大部分は、この放送の意味するものを、ほとんど理解しえなかった。信平は、あらためて士官室に呼ばれ、若い士官から放送の意味を問われた。》(『雑誌記者池島信平』)

こんなことを数え上げていてはきりがないが、ついでだから書くと、中国で諜報活動をしていた洲之内徹は敵側の無線を傍受してポツダム宣言受諾を知ったようだ(小説『流氓』)。以上のような疑問をもちつつ清水幸義「楽友会館雑記」を読んでいると、こう書いてある。

《アナウンサーの明瞭な声が、国体は護持されました。しかし帝国は米英ソ支四ヶ国宣言を受諾することになりました。と告げた。》

要するに、玉音は聞き取れなくてもアナウンサーの声は明瞭だったのである。あらためてこの件に関する小生自身のメモを調べると、すでに高見順日記が引用されていた。

《十二時、時報。
君が代奏楽。
詔書の御朗読。
やはり戦争集結であつた。
君が代奏楽。つづいて内閣告諭。経過の発表。
——遂に敗けたのだ。戦いに破れたのだ。》

高見や池島クラスの知識人なら何とか詔書の内容を嗅ぎ取ることはできたようだ。朗読は4分42秒だった。吉田健一の回想が一流に不思議なのでちょっと引いておく。吉田は横須賀の海兵団にいた。

《朝、陛下の御放送があって、それで整列していたのが終って兵舎に帰る時は兎に角、がっかりした感じだったのを覚えている》(『三文紳士』)

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konohana-bunko さま
ありがとうございます。当方の予期せぬシーンが浮かびます。

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みちあふる櫻花貼る古葉書
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by sumus_co | 2007-03-03 21:51 | 古書日録
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