暦の上ではすっかり秋なのだが、ことしはうるう七月のせいか(?)暑さが去らない。ちなみに、夏至・冬至・春分・秋分などの二十四節気というのは月暦とは別に一年を等分して計算される(太陽暦に準じることになる)。暑さが止むと言う意味の「処暑」もだいたい新暦8月23日である。
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旅窓新書2の徳川夢声『地球もせまいな』(朋文堂、一九五四年、表紙画=鈴木信太郎)。歯に衣着せぬ海外旅行記だが、少々ガンコジジイの無理難題というかんじもある。パリのホテルの食堂で朝食にハム・エッグを食べようとするのだが、言葉が通じないせいで毎朝別のものを食うはめになり、ついに絵を描いてみせてやっとありついた、などというのがその典型で、どうしてパリで朝からハムエッグなんか食うのだ?
《石井運輸大臣の令嬢好子さんが、モンマルトルの裸おどりのキャバレーで、シャンソンを歌つてる、という評判》というのはなかなか生々しくて良い。その舞台を宮城道雄(!)といっしょに見に出かける(むろん宮城は聴くだけ)。石井好子は衣装を着けて歌っているが、コーラスは裸の女性だそうで、《彼女の顔に、異国的な美を感じて、毎夜のように通ってくる、パリ男があるというのだから大したものだ》とか。
時代を感じるのは、エッフェル塔へ宮田重雄、林謙一、佐佐木茂作らと登ったとき、交通公社重役の林が(もちろん『おはなはん』の作者でもある)録音機を取り出して夢声に意見を求めるくだり。
《私は否応なしに喋らされる。少々忌々しい話である。というのは、私はラジオ東京に頼まれて、行く先ざきから何か録音して送ることになつている。然るに私の日本から持参した録音機は、重量二貫目もあり、駅売りのアイスクリーム屋みたいな恰好になるので、こんなところに持つてこられない。
彼交通公社重役の持つてる録音機は、ドイツで最近発明されたばかりの、大きさが女学生の弁当箱くらいで、重さもその程度で、ポケットに入るのである。しかも三時間の録音が可能なのである。私の方の録音機は、五分ごとにクルクルとハンドルを回してネジをかけて、十五分しか録音が出来ない》
日本にもこんな時代があったのだ。
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近所の新刊書店がなくなってナベツマはイラついている。本屋で雑誌の立ち読みが毎日の日課になっていたからだ。昨日などは、こともあろうに、ウンチクがトイレで読もうと、積み上げてある各種PR雑誌を読破してしまった。普段なら見向きもしないのに。
「最後まで読める記事がほとんどないわねえ」
などと勝手なことをほざいて、
「これがおもしろかった」
と示したのが『本の話』(文藝春秋)8月号の金子賢一の連載「秘境添乗員」。エジプト留学時代の体験、心底エジプト人になりたくて、やっとなれた喜び、を語っている。たしかに面白いが、このネタ一回分で単行本一冊書けそうだ。
で今朝などはナベツマ、四条のジュンク堂まで立ち読みに(?)出かけていた。ブックストア談ものぞいたそうだ(冷房ききすぎとのこと)。そ、そこまでするとは・・禁断症状か。