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芸術家の眼

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宇佐見英治『芸術家の眼』(筑摩書房、一九八四年五月一〇日)。

さきの土曜日、ギャラリー島田で木下晋さんと洲之内徹の話をさせてもらった。木下さんはさすがに洲之内の最期を看取った方だけあって、その実像をよく見ておられる。周辺の誰彼についての情報、当方のような部外者が知り得ないシークレットな部分も、トークショーの前にいろいろとうかがった。忌憚のない話し方にも人柄がうかがわれた。トークでは小生は主に伝記的な事実について解釈をほどこしながら、洲之内徹の行動パターンをまとめ、またその気まぐれシリーズの面白さについて語った。まずまずの内容だったように思う。

トークの終りに参加者からの発言があった。その方は洲之内徹と親しく話したわけではないが、かつての現代画廊にはしばしば足を運んでおられたということだった。「でも、私は洲之内さんの文章は評価していません。宇佐見英治さんの詩的な文章とくらべるとまったく雑駁なものだと思います」とおっしゃるではないか。

宇佐見英治……はっきり言って、ほとんど読んだ記憶がない。過去の拙ブログを検索してみると『季刊湯川』の執筆者として名前が挙がっているくらいだ。

季刊湯川
http://sumus.exblog.jp/9386733/

たしかに雑誌の記事で少しは読み『同時代』の宇佐見英治追悼号は誰かにもらって持っていたような気もするが、具体的な印象は希薄だった。そこで「宇佐見英治の文章が好きな方は、たしかに洲之内はだめかもしれませんね。雑駁なところが洲之内の魅力だと思います。どちらがいいとか、悪いとかということではないでしょう」というふうにお茶を濁しておいた。

翌日、ネットで調べると、宇佐見英治はたくさん本を出している。湯川書房からも出ている。どれといって読んだことはない、どころか買ったことさえない。これはマズイ。早速安いのをみはからって二冊程注文。その翌日にはもう届いたのでざっと読んでみた。

結論から言うと、発言氏とまったく逆の感想を持った。たしかに詩的である。インテリである。湯川さん好みだとも思う。しかし退屈だ。『芸術家の眼』では表紙画にもなっている画家島村洋二郎のことを描いた「或る画家ーー島村洋二郎のこと」が読み応えがあった。しかしそれは島村の文章の引用が凄いということであって、島村の数少ない親友ならもっと別のことが書けたのではないかと思う。

そこに島村の友人豊倉正美の追悼文が引用されているので一部を抜き書きしてみる。

《交り、といってもごく短い数年間のことです。そのはじめのころ、あさはかにも私は、心からのいたわりをもって、彼のいのちをよろこび、祝しつつ、冷や飯の鍋をつつき合った。その頃の様々な思い出が、今となってはあまりに苦しく胸を痛ませます。やがて素直にいたわることが出来なくなった。何というおごり、何というたかぶり。己れの絵のために、他人の繊細な感情を弊履の如く踏みすてにして、顧みない粗暴な面魂。
「朝から歩き廻ってまだ米粒を口にしない」と訴える人に、一体何で飯つぶを捧げねばならぬ義務があるのか、とこれは会ったあと苦く心に喰い入る、いつもの思いでした。》

そして宇佐見はこれにつづけてなかなかいい文章を書いている。

《これが島村を知っていた数少ない人々の多くが、現実的につきつけられた疑問であった。彼はまわりの人たちが、彼を助けるか、捨てるかどちらかの態度を決定せざるを得ないような生き方をした。彼の絵は自由美術で落選したし、彼はずいぶん甘い売絵も描いた。彼は私の親戚、私の友人のまた友人、その弟、というふうに絵を売り歩いた。「絵を買って下さい。絵具を買う金がない」はじめはそうだった。だがそれがとうとう「朝から米粒を口にしない」という駆込みにかわった。》

島村は宇佐見に宛ててリラダンの言葉を引用した手紙を送っていたという。宇佐見はリラダンの生き様と島村を引き比べる。

《その島村は、あの流竄の王子、ヴィリエ・ド・リラダンの高志を胸に、万人が野犬のように餓えていた戦後の暗い時代を、よろよろと生きた。乞食のように。物貰いのように。だれでもリラダンの句を盗むことはできる。ピカソやゴッホの、意匠や色を盗むことができる。しかし誰が、リラダンのように《最高の讃辞は無関心なり》として、最後まで魂の曠野を真の実在として信じ、貧窮、飢餓、狂気、敗残をものともせず、生きることができるか。》

実は洲之内徹もまた島村洋二郎との出会いについて書いているのだ。島村を叔父と呼ぶ女性から遺作展をやって欲しいと言われて、名も知らぬ作者の絵を初めて見た。

《彼女が包みを解いて出した四号位(色紙大)の、額に入った絵を、私はソファの横の棚の上に置いてしばらく眺めた。寒い色と太い線を使って描いた男の顔で、作者が何か激しい想いに迫られているのは分るが、モデルの特徴の分析や把握は稀薄で、形式化が目立つ。絵は強いようで弱い。》

この絵は宇佐見英治所蔵のものだった。洲之内にしてはよく見ている。この後、後藤洋明氏が『同時代』の島村追悼号を届けてくれて島村の略歴を知り、上述の豊倉正美の追悼文を洲之内も読むことになる。

《宇佐見氏宛の手紙(昭和二十七年四月、大田区馬込より)の中に、たとえばこんな言葉がある。「リラダンの云うところの《金剛石の色に輝くエエテルの中に夢想された純潔にして蒼白な思想》にまで昇化された一枚のタブロ」。だが、そういう彼は、客観的にはどういう存在だったろう。追悼文集の中の、豊倉正美氏の「ものの怪」という文章をここへ引いてみよう。》

上述の文章が引かれて、そしてこう洲之内は切り捨てる。

《凄い文章だ。島村洋二郎には私は会ったこともなく、見たこともないが、眼に見えるようだ。こういう人間がいるものだし、そういう人間に対して誰でも本音はこうだ、というところがこの文章にはある。第三者にはリラダンもハチの頭もない。》

《島村洋二郎が大森馬込に住んでいた昭和二十七年頃には私も大森にいた。眼に浮かぶようである。私にとっても「この頃もっとも貧窮す」という時期であった。もしかすると、そういう彼と私とは、大森の池上通りのガードあたりですれちがったということもあるかもしれない。
 いずれにせよ、この文章を読んで、島村洋二郎の遺作展をやろうと心に決めた。》

「第三者にはリラダンもハチの頭もない」は宇佐見が「あの流竄の王子云々」と書いた部分に対応するだろう。二人の文章の違い(人間の違い)がはっきり現れている。好き嫌いは勝手だが、小生はハチの頭を取る。それにしても、この島村を巡る文章には図らずも典型的な洲之内の絵の見方が露呈しているように思われる。絵そのものよりも絵や作者と自らを繋ぐものにひきつけられるというスタイルである。

島村洋二郎遺作展は一九八七年八月二四日から九月四日まで現代画廊で開催された。その二ヶ月後には洲之内の死が待っていた。
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by sumus_co | 2013-09-24 21:43 | 古書日録
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