林蘊蓄斎の文画な日々
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出獄の日のO氏

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洲之内徹のつづき。『気まぐれ美術館』の「まぼろしの名作二件」にこの「出獄の日のO氏」が登場している。林倭衛の仕事のなかでも最もよく知られるのがこの作品である。詳しくは下記参照。

鬼才・林倭衛の”まぼろしの名画” 古沢襄
http://blog.kajika.net/?eid=710430

洲之内は小崎軍司の労作『林倭衛』(三彩社、一九七一年)を読んで自分の文章が引用されていることに驚く。洲之内の文章というのは「出獄の日のO氏」を戦前の内務省警保局長だった唐沢俊樹が懇望して所蔵していたことがあったという国画会の画家・馬越桝太郎の談話を書いたものだった。二・二六事件が勃発したため万一のことを慮って唐沢は急ぎその絵を林家に返したという。

これに対して小崎は疑問を呈しつつ昭和十一年二月十日の『中外商業新報』に載った「魔子ちゃんに甦る 奇しき父の画像、成長した「大杉栄氏の愛嬢と林画伯のめぐり会い」という記事を紹介している。この記事によれば、その絵はずっと林倭衛のアトリエに秘蔵されており、魔子(伊藤真子)がそれを見せてもらいに訪ねるというストーリーになっている。ただし小崎は唐沢俊樹が自分が所蔵していたことを隠蔽するためにでっち上げて書かせたものだろう、そして絵そのものは林が唐沢に買ってもらったのではないかと推測している。

しかし洲之内は、唐沢がすすんで「出獄の日のO氏」を持ちたいと考えた方がスジが通ると反論するのである。確かに、取り締まる側の人間が戦利品か記念品のようなものを欲しがっても不思議ではない。それはそれとして、小生が気になったのはそんな深い話ではなく、林が書き込んだ絵の説明の方である。

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 Cde Osugi.
 Au jour de
 Sa libération.
  Le 17 Août 19.
  S. Fayashi.

 同志大杉
 彼の釈放の日に
  一九一九年八月一七日
  S. ファヤシ

一番気になるのは「Cde」である。カマラド(camarade)は友達とか同僚とか同じ境遇にいる者を言うときの表現らしいが、この場合はごく普通に訳せば「同志」でなければならないだろう。現在でも左翼新聞では《DÉCÈS DE NOTRE CAMARADE PASCALE われらが同志パスカル死去》などというふうに使われる。

そういうふうに考えると、どうして「O氏」になったのかが疑問になってくる? 「Osugi」と(ただしOがCに見えるように書かれているが)明記されているにもかかわらず。この作品は大正八年に二科展に出品する間際に官憲から撤回を求められて展示されることはなかったそうだ。あらかじめ「同志」はまずいぞと「O氏」にしたのだろうか。それなら「出獄の日」も言わずもがなではないか。官憲の目をはばかるなら単に「O氏の肖像」くらいにしておくところであろう。何より余計な文言など書き込むべきではなかった。

そもそもこのタイトルはその当時からのものなのだろうか? キャンバスの裏側に作者自らが日本語で記しているとか、そういうことなら分かり易いのだが、洲之内はその点については何も書いていない。

もうひとつ、ハヤシのつづりが「Fayashi」となっていることにも注目した。小生も同じ姓なのでよく分かるが、フランス人は普通には「H」を発音しないため「Hayashi」と書くと「アヤシ」と読む。藤田嗣治が「Foujita」と綴っているのも似たような理由で、「Fujita」とすると「フュジタ」のような読み方になってしまうのである。アヤシよりもファヤシの方がまだしもと林は思ったのかもしれない。

この肖像、大杉の写真と比較すると、似ているとは言い難い。頬が痩けているのは獄中生活によるものとして許すとしても。あるいは故意にあまり似ないように描いたとか、そういうことなのではないだろうか。さすがにこれはうがち過ぎかもしれないと思いつつ、想像をたくましくしてみたくなる絵である。
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by sumus_co | 2013-09-16 22:02 | 古書日録
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