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古本の時間

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内堀弘『古本の時間』(晶文社、二〇一三年九月一〇日、ブックデザイン=平野甲賀)読了。読み終わるのがもったいない、と思える本がときどきある。関口良雄『昔日の客』夏葉社版『昔日の客』)などがその例として直ぐに思い浮かぶけれども、この『古本の時間』もまさにそんなモッタイナイ本になっている。

帯にこう書かれている。

《数知れない古本との出会いと別れ。多くの作家やファンとの交流の歴史。古本の醍醐味と業界の仲間たちを温かい眼差しで描く、珠玉の古本エッセイ集。》

惹句などはだいたい大袈裟に書くものだが、この本に関しては「珠玉の古本エッセイ集」という常套句を割り引いて読む必要はない。掛け値なし、まさに珠玉である。

この本が出ることは随分前に扉野氏から聞かされていた。中川六平さんが晶文社に復帰していくつかの新刊を手がけることになった、そのなかにまず内堀さんのエッセイ集が上がっているということだった。昨年の十月に東京で内堀さんに会ったときにその話をすると「早耳ですね」と言われたが(早耳なのは扉野氏である)、六平さんと晶文社のために喜ばしいことだと乾杯をした。

その後、今年の四月にメリーゴーランドで内堀さんに会った。大阪の市に珍しい本が出ていたらしく、それを獲得するために来阪する途中、拙作個展に寄ってくれたのだった。そのとき扉野氏と三人で中華料理のテーブルを囲んだ。内堀さんは酒を飲まない。ウーロン茶を傍らに、個人的な悲しいできごとを扉野氏に初めて伝えると言って話し出したが、小生は前年すでに知らされていたので多少心に余裕をもって二人の会話に耳を傾けていた。内堀さんの悲しい話をにこやかに語る様子がかえってこちらの気持ちを沈めた。

もちろんその話はこの本には書かれていない。しかしそれと同じような悲しみをさそう話は幾篇もおさめられている。ほとんど点鬼簿と言ってもいいようなありさまである。ところが、なぜか読後感はさわやかなのだ。悲哀を悲哀として受け入れ、それを昇華させる。他人にしゃべるというのもそのひとつの形だろうし、文章にするのもひとつだろう。むろんそこにはいかに表現するかという技術の問題もあるには違いないが、結局は語り手の心のありようがその語りをただの愚痴にするか、さわやかな物語にするかを分けるのではないだろうか。

「追悼・田村治芳」もそんな悲哀に満ちた一編である。

《葬式のときの写真なのに、これを見ていると顔がほころんでしまう。背中までとどく長髪だったかと思うと、急にこんな坊主頭にしたものだった。》

《それでも、この人は昔のままだった。書物の知識は驚くほど豊富だったけれど、半端なもの、役に立たないものを偏愛し、雑本の面白さにこだわった。古本屋として出来上がっていくのをどこかで拒んでいたようだった。商売下手というのを、何か体裁のいい言葉に置き換えているのではない。
 取り残されたような場所で、そんなところにいても儲からないよといわれても、オレはここが好きなんだと笑っている。ポーズではない。本当に好きなことしかできない、そのどうしようもなさだった。》

同じく田村さんを追悼した日録はこのように締めくくられている。

《葬儀には六百名もの会葬者があった。老舗の大旦那が亡くなってもこんなに大勢の人がお別れに来ることはない。本が好き、読むのが好き、本の話が好き、そんな人たちが、冷たい風が吹く中、いつまでも長い列を作った。この人らしい、いや本当に古本屋らしいラストシーンだった。》

カタルシスと簡単に決めつけてはいけないのだろう。だが、内堀さんの文章は、どんなに侘しい、悲しい話であっても、最後には救いがある。希望がある。諦観というのとはちょっと違う、生き残ったものは自ら信じる道を進むしかないという覚悟が見える。そこに爽やかな風が吹いている。

具体的な内容としては全編を通じて駆け出し時代の回想が頻繁に現れるのが印象的である。たとえば、

《私が神田で古本屋の店員になったのは七〇年代の後半だった。店主は反町の対極にあるような人で、「古本屋は勘と度胸だ」が信条だった。店に入った頃、といっても学校を追い出されて転がり込んだものだから、どこからか「ウチボリは爆弾犯だ」という嫌がらせの電話があった。しかし店主は「そのくらいの度胸がなきゃ、いい古本屋にはなれない」と言うだけで、せめて嘘か本当かぐらい聞いてくれよと思ったものだ。こんな博徒のような古本屋がまだ肩で風を切っている時代だった。》

だとか

《鶉屋書店は七〇年代に、たしか池袋西武百貨店だったと思うが、大きな古書展の合同目録にズラリと主力の在庫、つまり詩歌書を載せたことがある。この目録を、私は暮の神保町で、どこかの店が大掃除で出したゴミの中に見つけて抜き出した。あれも一九八〇年のことだ。》

長髪にGパンの内堀さんが、木造モルタルのアパートの一階の五坪ほどの小さな店へ、そのゴミの中から拾った目録にかじりつきながら帰って行く姿が目に浮かぶようである。店の床の古いPタイルが小さく剥がれ、一本の珍しい草が生えている、そんな懐かしい場所へ。

個人的に嬉しかったのは238頁に「レッテル」という単語を見つけたこと。これは小生が提唱(?)する書店標の呼び方である(以前はたいていシールと呼ばれていた)。少しは浸透したかな、単なる偶然かもしれないが。
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by sumus_co | 2013-09-12 21:55 | おすすめ本棚
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