『重訂詩韻含英』(鴻文堂)を某氏より借覧している。『詩韻含英』というのは漢詩文をつくるときに用いる字書。平仄(ひょうそく)を合わせるために参照するもの。あるいは、この字書には文字ごとに二文字と三文字になった用語例が出ているので、というのは漢詩は二文字と三文字の組み合わせで作らなければならないからなのだが、その用例を拾って組み合わせるということも可能な、きわめて実用的な字書(正しくは韵府といい、古今韵府、韵府群玉、佩文韵府など多数あるが、ことに佩文韵府は康煕五十年に成立した百六巻の決定版)である。
ちょっと検索してみると『詩韻含英』というタイトルの書物が意外と見つからない。名古屋大学附属図書館に劉文蔚輯『詩韻含英』十八巻(書業堂, 乾隆23 [1758] 序、タイトル別名=重訂詩韻含英)があっただけ。おそらく本書の元本であろうか。本書は体裁からして明治時代初期に刊行されたもののように思われるし、鴻文堂も明治になってからの版元のようである(確実ではないが)。
『詩韻含英』はそれだけだが『詩韻含英異同弁』は多数ヒットする。日本の古本屋でも現在二十八件、すべて異同弁。どこがどう違うか、まずこれが本書。
そして『詩韻含英異同弁』はこちら。上段にテキストの「異同」が註の形で書き込まれている。むろん異同が分かったほうがいいに決まっているから、そういう版本の方が多いのであろうと思う。
《かゝる韵府の中には支那の凡有る漢文字が全部、平(ひやう)、上(じやう)、去(きよ)、入(にふ)の四声に区別され、平声(ひやうせい)の韵(ゐん)、上声の韵と云ふやうに皆な門を分ち、同類の文字を韵部の下に繋いであるから、是れを一覧せば明白に分かる。此の韵府の力を借らずに、平仄を知らんとしても六ツケ敷い事である。此の韵本に因つて、如何なる韵の中に、如何なる文字が収められてゐるかゞ明瞭になれば、平仄は容易に知る事が出来るわけである。》
細貝泉吉『漢詩絶句作法と鑑賞』(立命館出版部、一九三四年一二月二九日)からの引用である。具体的にどういうふうに作るかは、また改めて勉強してみたいと思うが、とにかく漢詩という漢字パズルは音によってルールが決められているということだ。元々は歌うための歌詞だった。
巻首に印章がいくつも捺されている。蔵書印であろう。最近、篆刻から遠ざかっているので、読み方があやふやだが、上段の二つは右から
芳天不蔵心自閑
雕性堂
タイトルの下の二つは
琴如氏
子禎人
ではないかと思う(乞御教示)。ググってみてもとくに関連のありそうな事柄は出て来なかった。