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斗南先生

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中島敦『山月記・李陵』(集英社文庫、一九九三年)が読みたくなったので、ブへひとっ走り。集英社文庫版だけ見つかる。かつて新潮文庫で読んだ記憶があるし、中島敦全集も持っていた(ただし、年譜が入っている巻だけ)。あの本たちはどこへ行ったのでしょう。

「山月記」は高校の教科書で習ったときの印象が強い。酔っぱらって文字通りの「虎」になった元詩人がクダを巻く話……だとばかり思っていたのだが、読み直すと、やっぱり実際その通りで、青年時代の感性に狂いは無かった。この文庫の口絵写真に「山月記」の舞台として河南省の山岳風景が掲げられているが、これは正直にもほどがある。おそらく新宿あたりの夜の繁華街の写真を掲げた方が良かったろう…。

冗談はともかく、単純に春日井さんの冊子に触発されて「斗南先生」を読んでみたくなったのである。出来栄えは悪くないが、まだ小説になりきっていない感じもする(単行本『光と風と夢』に収録の際に付した文章に「私記」として書かれたとされている)。とくに伯父の臨終間近のノートのあたりは、もう少し練ってもいいのではないかと思った。鴎外のようにもっと淡々と書いてもよかった。おそらく敦はそうは書きたくなかったのであろう。昭和初めに流行っていた新心理主義の影響なども考えてもいいかもしれない。

「斗南先生」は昭和七年頃に書かれた。若い敦のなかには伯父の生涯に対して何か釈然としないものがあって、その遺稿集を図書館へ寄贈するのも何やらはばかられたのである。しかし十年を経た付記においては、その評価は百八十度変っている。敦は支那事変が起こった時、初めて伯父の著書『支那分割の運命』(大正元年刊行)を繙いてみた。二十世紀のアジアのあり方について伯父は大局をもって論じていた。

《支那事変に先立つこと二十一年、我が国の人口五千万、歳費七億の時代の著作であることを思い、その論旨の概ね正鵠を得ていることに三造は驚いた。もう少し早く読めば良かったと思った。或いは、生前の伯父に対して必要以上の反撥を感じていたその反動で、死後の伯父に大しては実際以上の評価をして感心したのかも知れない。
 大東亜戦争が始まり、ハワイ海戦や馬来沖海戦の報を聞いた時も、三造のまず思ったのは、この伯父のことであった。十余年前、鬼雄となって我に寇(あだ)なすものを禦(ふせ)ぐべく熊野灘の底深く沈んだこの伯父の遺骨のことであった。鯱(さかまた)か何かに成って敵の軍艦を喰ってやるぞ、といった意味の和歌が、確か、遺筆として与えられた筈だったことを彼は思い出し、家中捜し廻って、漸くそれを見付け出した。》

斗南中島端は散骨を言い残していた。見つけ出した色紙には瀕死の病者のものとは思われない雄渾な筆つきで次のような和歌がしたためられていた。

 あが屍野にみな埋みそ黒潮の逆まく海の底になげうて

 さかまたはををしきものか熊野浦寄りくるいさな討ちてしやまむ

この文庫本の口絵には「あが屍…」の色紙が写真版になって掲載されており「海」と敦がしているところは「潮」となっている。書風は雄渾というよりも亀田鵬斎の流れを汲む「フライング・ダンス」風であろうか。
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by sumus_co | 2013-08-24 21:18 | 古書日録
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