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蒐集物語

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柳宗悦『蒐集物語』(中央公論社、一九五六年二月二八日、装幀=芹沢銈介)読了。少し前に、この中の「盒子物語」の粗筋を知る機会があって、何とも面白く、全編を読みたいものと思っていたら、ある古書目録に手頃な値段で掲載されていたのを折よく入手できた。後で調べてみると中公文庫版でもそこそこいい値がついているのでビックリ。

「盒子物語」の粗筋はこうである。大正の初め頃、柳は朝鮮京城の道具屋で染付に辰砂入りの可愛い盒子を見つける。一目気に入って予約、後日受け取りに行ったところ手違いで別人に売られてしまっていた。それから二年、李朝の蒐集家として知られた富豪、富田儀作の家でその盒子に巡り会う。手違いではなく道具屋は人を選んで売っていたのだ。柳は自分が先約だったことすら披露できずに指をくわえるしかなかった。しかし富田翁は数年後に歿し、コレクションは散逸してしまう。これでもう二度と盒子は手に入らないと諦めた。

昭和五年、柳はハーバード大学附属のフォッグ美術館に招かれてボストン近郊ケムブリッヂに滞在する。あるときボストンの山中商会を訪ね、朝鮮ものを探して地下室へ入ると薄暗い部屋に雑然と品物が置かれてあった。

《さうして重ねられたその箱を一つ一つ見て行った。ところが何たる奇遇か、その箱の一つから、例の辰砂の盒子と桃型の水滴とが肩を並べて共に現れて来たではないか。私は思はずも二つを掌の中にしかと握り、胸に抱いた。私は代金を支払ひ小さな包みを手に納めるまでは、それが現実の出来事とは思へなかつた。》

富田コレクションはほとんどを山中商会が引き受けていた。その一部がアメリカの各店舗に送られたが、まったく不思議な巡り合わせでボストン店に柳が想い続けていた盒子と桃型の水滴が届いていたのである。さらにそれらは米国では人気がなく地下室に長年放置されていた。

《私は多くのものを集めて来たが、こんなにも奇異な因縁に結ばれたものは少ない。又誰にだつて起る出来事ではない。それ故いつかこのことを書き記しておきたいと思つた。漸くその時が来て一部始終を綴るに到つたが、私の蒐集物語の中でも不思議でならない一例である。》

念ずれば通ず、ということか……それにしても。

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和讃の古版本を見つける話も、こちらは古本譚だけに興味深いものがある(レベルは違うがこのブログでも『正信念仏偈』を紹介した)。

《仏書を求める方は、今も京都を訪はねばならぬ。》《明治この方昔に比べたらさびれては来たが、これでも丁字屋、平楽寺などの名は、もはや古典的な香りがある。近年、貝葉書院、法蔵館、興教書院、護法館など、何れも仏書で名を広めた。古書を扱ふものに竹苞楼や細川がある。中で最も多く仏書を売るのは其中堂である。(東京の浅倉屋も森江も名があつたが、度重なる災害を受けて、昔ほどの蔵書がない。大阪にはひとり鹿田があつた)。》

柳は越中砺波の古寺で目にした色紙和讃(一枚おきに紙色が変る仕立てになった版本)にノックアウトされ、どうにかしてそれに類するものを見つけたいと京都を訪れていた。

《せめて室町末か慶長頃のものでも見出せまいか。今はもう稀な版本であるから無謀な求めと思へたが、再び若しやとも考へられて、次から次へと厭かず本屋を探つた。焼け去つた東京から来ると、京都の町々は物で埋もれてゐるほどに思へた。店々は美しく着飾つてゐるのである。書物も眼を忙しくさせるほどであつた。私は幾冊かのものを得たが、併し求める古書は容易に姿を現はさなかつた。
 だが如何なる宿縁によるのであらうか。之こそ奇縁と呼ぶべきであらうか。或は導きに依るのだと見るべきであらうか。求める者には与へられることが約されてゐるのか。既に授けられてゐるが故に、それを受けるに過ぎないのか。偶然なのかそれとも必然なのか。何れにしても思議を越える。私が夢に描いたその和讃が、突如目前に置かれるに至るとは。》

しかも値段は柳の支払える範囲の、どうして?と疑問を抱く程だった。

《だが果して私が求めたと云へるのか。誰かが私に求めさせてくれたのか。私が和讃を追つたのか、和讃が私を追つてくれたのか。「求めよ、さらば与へられん、叩けよ、さらば開かれん」と聖句は云ふ。併しもつと切な真理は、与へられてゐる世界の中でのみ求めてゐるのだと云ふべきではないのか。既に開かれてゐる扉を開きたいと希つてゐるまでに過ぎなくはないのか。得るものは一物もなく、贈られるもののみが凡てなのだと思ひ得ないであらうか。そこまで考へずば説き得ない謎である。》

こう考えて柳は宿命論あるいは運命論にたどり着く。すべて予定されていた宿縁だと。

《私はあり余るほど幸福なのである。かういふ本に廻り合はせてもらつたこと。こんなにも見事な本が存在することを知るに至つたこと。その美しさを感じる心まで授かつたこと。さうしてそれを求め得、座右に置くほどの恵みを受けたこと。それにこの悦びを頒ち得る多くの友達さへ与へられてゐること。いつでもこの本で日本の書物を語らせて貰へること。私は幾度となく厭かずその頁を繰つた。私は幾人かの親しい友人に報らせの筆を急いだ。さうして尽きぬ美しさの泉をそこに汲み、遂にこの一篇を綴るに至つた。》

気持ちは分かる。それにしてもこの舞い上がった調子は、やはり京都で古い絵画などを蒐集した岸田劉生にも通じる単純さがあって(首尾よく手に入れたときには「神様ありがとう」と日記に書くような)、ちょっとあっけにとられるくらいだ。

鶴見俊輔は《白樺派には書物蒐集家はいない》(『柳宗悦』)と柳が若き日に書物蒐集をした時期があったにもかかわらず、後年にはブレイクの影響から直観を重んじる方向へ転じたことを論じているが、本当にブレイクが柳をこれほど単純にしたのなら、それはまさに「神様ありがとう」と言わざるを得ない宿縁だろうと思う。
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by sumus_co | 2013-08-22 21:50 | 古書日録
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