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北方文明史話

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中島峻蔵『北方文明史話』(北海出版社、一九四二年一二月二五日)。これも下鴨にて。昭和四年に初版が出ている。そこへ二十六章を新たに加えて九十七章にして再刊したもの。装丁は初版と同じ菅野利助。函館水産学校教授だが、版画家としても活躍したようである(北海道立近代美術館蔵・菅野利助「停車場通りの冬」1928年)

北海道についての様々な事柄を取り上げたエッセイで、なかなか読ませる。例えば「チエーホフの流刑地紀行」。チェホフが突然思い立って樺太旅行を決行したのは一八九〇年。当時、帝政ロシアの監獄が六ヶ所あったサガレン島(サハリン、樺太)に三ヶ月と二日滞在した(ロシアが領有を宣言したのが一八五三年、全島をロシア領としたのが一八七五年、日本が取り返したのは一九〇五年で以後南半分を領有)。

《紀行サガレン島は一八九三年(明治二十六年)十月からルスカヤ、ムイスリにペンを執り、翌年七月号まで続いた、彼は親友へ「サガレン全島の充分な詳細な住民調査を行ひ死刑の外は一切のものを見ました、お目にかゝつた時、旅行鞄一杯の囚徒に関する材料をご覧に入れます」と便りしてゐる。チエーホフのサガレン島は、暗黒の島に天日を齎したと云はれた、彼がこれを発表するや、直に知識階級の一部に徒刑囚待遇の改善運動が起きた、それが政府をも刺戟した、チエーホフのサガレン島は忠実な報告書であつた丈け、地獄絵の現実をモスコーに伝へたことになり、当時のロシヤに大きな波紋を与へたのであつた。》

地名の起源、これなどは当地の人には当たり前なのかもしれないが、あまりこういう文献を読んだことのない小生には新鮮にうつる。

《札幌、小樽、旭川等の大都市をはじめ、多くの町村の名が、付近の川に関係があるのも面白い。即ち札幌は乾燥広大の陸地を意味する。昨日の淵は今日の瀬となり、瀬は更に河床を現はし、やがて平野に変じたのである。小樽はオタナイ即ち沙川で、石狩郡と小樽郡の境にある川である。オタルナイといふのは誤である。松前藩は、オタナイの支流マサラカオヤプに住んで居たアイヌを、今の小樽市入舟町にあたるクツタルシの地に移して、小樽場所を開いた。爾来、春風秋雨幾星霜、遂に今日の大都市となつた。
 室蘭はモルエランホトエウシで、小坂を下り、舟を呼ぶところの意味である。昔、山道が未だ開けなかつた頃のこと、絵鞆のアイヌが小舟でこの地へ猟に来ての帰り、小坂を下り、ホトエウシの岩に上り、絵鞆の舟を呼びそれに乗つて帰つたからであると伝へられる。》

他に、稚内は「ワツカ、ナイ」で「飲水の沢」の義、給水を意味するとか、網走はアイヌ語「チパシリ」から転訛したもので「チパシリ」は「我等が発見したる岩」の義、往時、網走湖畔に白い岩があり、その形が笠を冠って立つアイヌの姿に似ていたから、あるいは「アバシリ」は「船の出入口の陸地」の義で、樺太へ通う船の出入口だったためとも言われているとか。

ウポポという熊祭の際などに歌われる歌詞が採録されている。これがいい。普通には婦人たちが歌うものとしているようだが、本来は男性のものだったのだろうと著者は推測している。

 雄鹿の群声を挙げて啼けば
 雄犬は声を挙げて吠えるよ
 北風が急に爐端へ吹いて来て
 灰が雲のやうに空へ舞ひ上る

  *

 わしは大層大きな鯨だから
 庭の上から
 冷い空気や風に
 吹き上げられる

  *

 ワオーイ ワオイ
 乾魚の荷六つの荷が
 此処にあつたのに
 誰だ盗んだのは
 ワオーイ ワオイ

  *

 海の上で雄の小鳥が
 今にも沈みさうになつてゐる
 浜の砂の上で
 雌の小鳥が
 泣叫んで助けを求めてゐる

  *

 アヨロ村の広庭で
 いつも神々が遊んでゐて
 ピカピカ光る
 カラブト村の広庭で
 いつも神々が遊んでゐて
 ピカピカ光る
 
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by sumus_co | 2013-08-17 21:33 | 古書日録
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