ミホ・ミュージアムへ。信楽の山中だけにもっと涼しいかと期待したが、予想したほどでもなく、やはり蒸し暑かった。とは言え、ずっと館内にいたのでどうということはないであるが。ミホ訪問は「
長沢芦雪 奇は新なり」以来。まさに東北で震災が起こった日だった。時間が経つのは早い。
ファインバーグ・コレクション。江戸東京博物館でも開催されていた(お江戸では十万人の来場者があったという)。ベッツィーとロバートのファインバーグ夫妻が一九七〇年代以来四十年にわたって蒐集してきた主に江戸絵画の優品である(ドロシーとハーブの江戸絵画版?)。
当時、日本では室町絵画が最も高く評価されていたが、彼らには中国絵画の退屈な模倣としか写らなかったようだ。それよりもヴァラエティに富んだ江戸期の絵画が彼らを魅了した。何よりも圧倒的に市場に出回る数も多く、値段も安く(ひとえに日本人が省みないからである)、コレクションの対象としては、それらの作品に興味さえ持てれば、じつにおいしい分野であったと言えよう。
蒐集はほとんど日本で行われた。ロバートの執筆した図録の序文で謝辞の最初に来ているのは京都の美術商「柳」ファミリーである。アドヴァイザーとしては小林忠学習院大名誉教授。これは有機化学の研究者ロバートと障がい者教育を学んだベッツィーというインテリ夫妻が選んだ実に手堅い蒐集スタイルであろう。おのずからコレクションの質も想像できようというもの。
会場で画家のTさんとバッタリ。蕪村をはじめ江戸絵画に詳しい方で、いろいろお教えいただきながら、二巡ほど鑑賞した。例によって「どれを持って帰りますか?」という空想美術館ならではの質問がTさんより出た。Tさんは浦上玉堂の小振りな作品「老樹蕭春図」を指差す。「ちょうどいい大きさです」。一辺十五センチほどのサイズ。「山の黒く尖ったところが版画のドライポイントみたいだなといつも思うんです」とのこと。なるほど、なるほど。
小生はこの池大雅「豊年多祥図」(三幅、図は中央の一幅)を選ぶ。樹木の幾何的な描写といい、色調の穏やかさ、人物の駘蕩とした感じ、池大雅のいい面が最もいい形で現れた作品のように思った。
次点ということで作者不明「男舞図」。江戸初期の若衆歌舞伎を描いたものとされる。当時のジャニーズ系である。賛の出だしが読み難い……
図録の作品解説が読んでくれていた(変体仮名は小生の補)。
くもたる(久毛堂流)
清水ニ
かけみれハ(加希ミれハ)
わか身なからも(王可身な可ら毛)
よいをなこ
し(志)ほらしや
この度は、ミニ・シャングリラから下界へ戻っても、とくにゆゆしい事件は勃発していなかった模様である。ひと安心。