林蘊蓄斎の文画な日々
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パリの日本人

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田村書店で鹿島茂『パリの日本人』(新潮選書、二〇〇九年一〇月二五日)を買った。田村書店はもちろん神保町の田村書店ではなくて豊中市に本部を置く新刊書店。わが桂駅前店にも何年か前から古本コーナーができている。最初は棚ひとつ分だったのが、先日久し振りにのぞくと棚三つ分に古本が増殖していた。それに合わせて古本レベルも上がったようだ。新刊書店だけに価格的にはブックオフのレベルで見切るのは難しいかもしれないが、並べる本そのものでは戦えるかもしれない。

『パリの日本人』は新潮社のPR誌『波』で読んだ記憶があった。初出を見るといくつかの媒体を転転としながら完結されたようである。《さまざまなメディアを使って無理やり締め切りを作り出し、ついに途中でストップしていた連載を完遂させてくれた恩人として、新潮選書編集部の庄司一郎氏におおいなる感謝の言葉を送りたい》とあとがきにある。

まだ全部読み切っていないが、注意をひかれたこと二点。ひとつ、松尾邦之助のところに「パリ日本人会」が出てくる。戦前の日本人の紀行にはしばしば登場するものの詳細な記録が残っていないという。本書には貴重な描写として松尾の著書『巴里物語』(論争社、一九六〇年)が引用されている。

《地下室が料理部になっていて、斎藤という肥った板前さんが、食堂の経営をし、欧州航路の船から逃げ出したむかしの船乗りや、第一次欧州戦争に義勇兵となって流れこんで来た男どもが四、五人、奥のきたない暗い部屋にゴロゴロ寝ていた。彼らは、この地下室で、ユダヤ人しか食べないというドラード(タイ)の刺身をつくり、かば焼のウナギを買うために、朝早くから中央市場に行き、形ばかりの日本料理をつくって、日本人のホーム・シックをなぐさめる役割を演じていた。ボーイどもは、客のいないときには、バクチをやり、耳でおぼえた奇妙奇てれつなフランス語で、近所のビストロに行って、売春婦をからかい、それぞれ、フランス人の情婦をもって彼らにふさわしいのんきな流れ者の生活をしていた》

日本食ブームで寿司店だけでなく日本食レストランがいたるところに目立つようになり、醤油(キッコーマンがTVでコマーシャルを流している!)や日本酒がもてはやされる現在のパリからすれば、文字通り隔世の感がある。それはともかく「パリ日本人会」はボルト・マイヨーに近いデバルカデール通り七番地にあり、日本人はこの町のことを「デバカメ通り」と呼んでいたそうだ、というところで、思い出した。

茂田井武『じぷしい繪日記』の「ほてるすわ」
http://sumus.exblog.jp/15943379/

茂田井武が「でぱるかでえる」通りの「せるくるじやぽね」(日本人倶楽部)を描き残してくれているではないか! これは貴重だ。 

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くらぶダイドコロと半地下室の窓を矢印で示している。建物の軒の形など、どこかしら日本風をかたどったものだろうか? 茂田井の日記にはこうある。

《せるくるじやぽね(ニホンジンクラブ)ノ皿洗イケンぼおいトナツタ。コノ街ハでぱるかでえるトイフ街ナノダガ、多クノ人ハ皆でばかめでえるトイウ。》

《にほんカラ新聞ノ束ガトドイタトキトジムコトト、酒ビンヲ酒蔵ニ運ブコトト、カンヅメシヨクリヨウヲヤネウラニハコブコトナドガ骨ノ折レルシゴトデ、後ハアマリムズカシイコトハナイ。ホウレンソウガえぴな。サシミニスル鯛ガどら。サバガまくろ。卵ガうふ。コレニでヲツケテでず。シオガせる。オ酒ガばん。奥サン今晩ワガぼんそわまだむ。何ガオ望ミデシヨウガけすくぶうぶうれ。一日ニ一ツ憶エレバタイシタモノダ。》

松尾の観察を茂田井は自ら体験して書き残している。耳で覚えるフランス語。鯛は daurade で松尾の言う通り発音は「ドラード」なのだが、茂田井の耳には「どら」と聞こえた。なお、ポルト・マイヨーはパリの西の端、凱旋門のあるエトワール広場のまだ西になる。

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もうひとつ気になったのが諏訪ホテルの諏訪秀三郎。かなり詳しく書かれているが、それは改めて。
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by sumus_co | 2013-04-01 21:59 | 古書日録
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