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林蘊蓄斎の文画な日々
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東京漫遊記

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東京漫遊記_b0081843_2040946.jpg

富士正晴『東京漫遊記 富士正晴資料整理報告書第19集』(茨木市立中央図書館併設富士正晴記念館、二〇一三年二月二八日)を頂戴した。そういえば、昨年、編集に当たられた中尾務さんが完全版を出しますからとおっしゃっておられた。上はカラー口絵より。肖像写真は開高健撮影、昭和二十九年八月九日野間宏邸にて、富士が手にしているのは開高が持参した寿屋が社内で頒布していたウイスキー・ローモンド。そして次は「東京漫遊記」原稿一枚目と掲載誌。

昭和二十九年の七月から八月にかけて富士正晴が東京の文士たちを手当たり次第に訪問したときの見聞記録である。初出は『新潮』昭和二十九年十月号。中尾さんの解題によれば、上京中の八月九日(上の写真が撮られた日)に新潮社の野平健一から執筆依頼があったそうだ。八月十四日に帰阪、二十日に原稿を書き始めて二十八日に脱稿、三十枚という依頼のところ、七十八・五枚にまで膨らんでいた。富士が心配したボツにはならなかったが、十三枚ほど削られて、オリジナルのタイトル「東京漫遊記」から「東都文士訪問日記」へと解題されて掲載された。集中して書いただけあってスピード感があふれている。

小生は、この訪問日記を、雑誌掲載後、初めて単行本に収められた『VIKING選集1 兵庫地下文脈大系[1]』(風来舎、一九九八年)で読んだのだが、あまりに面白いので富士正晴をすっかり見直してしまった。そしてそれから十五年を経て、今回は生原稿から初めてオリジナルな形で全文翻刻されたわけである。他に単行本未収録の「わが良友悪友」「児童の目と大人の手」「素晴らしい猛夫」「洛北・大原 小松均訪問記」「浅野竹二の強い若さ」を初出誌を定本として収録。当時、富士を案内した小沢信男さんの解説「訪問日記と漫遊記」および中尾さんの詳細な解題も貴重この上ない。

本当なら、もう少し原稿を増やして、講談社文芸文庫あたりでまとめて欲しかった。少し前ならウッェジ文庫だとか……。そうは言ってもこうやって完全版が手軽に読めることは有り難いことである(ただし部数は少ないようですので、ご注意を!)。

小沢さんは本書の白眉を同じ日に安部公房と花田清輝を訪ねたくだりだと見ておられるが、たしかにこの作品のなかではいちばん骨っぽく書かれている。しかしそれだけではなく、久坂葉子の原稿を白洲正子に託したとき青山二郎を紹介され、そこへ前田純敬がやってくるあたりもいいし、鶴見俊輔がペンキ塗りをしている前後もいい。

個人的には、井伏鱒二邸訪問のくだりがとくに気に入っている。先日の小山清の描写と較べてみると、興味尽きないものがあり、観察というのは、結局観察する人間が現れるという全く当たり前の事実に再び気付かされるのである。

井伏邸では仕事中だと言われて二時間ほど時間をつぶすはめになる。その間、留守中の石川淳邸を訪問して書斎にベッドがあることを羨ましがったり、河盛好蔵に電話をすると訪問を断られたりして、しけた飲み屋でビールをあおって時間を消した。

ふたたび井伏邸へ戻ったが、まだ仕事は終わっていなかった。井伏は仕事部屋で待つように言った。

《戸を開き放って、庭に向い、厚い座布団を二枚重ねた上に大あぐらをかいて、カッチリ肉がついた浴衣姿の背を見せ大仕事をしている。それを斜後ろから見ているわけだが、こちらは気兼ねでならない。冷たい茶をのめば喉がごくりと鳴り、団扇をつかえばパコパコいいそうだ。出された雑誌を見ていると、バリバリと頁をひきちぎった跡がある。かんぺきの強いようなちぎり方だ。目次を見ると、彼の連載小説の部分だった。》

小山清の文章にも出てきた庭の樹木について。

《このあたりは昔猛烈な砂ぼこりで、隣の家の軒さえ見えなくなる位だった、それで風よけにと思って植えたのがあの樹で、それがあのように大きくなった。こちらの木は成長する時にこやしが足りなかったので大きくならない、成長するのにはその時期があるようだと言った。》

学士会館で荒正人と会う約束があったのだが、井伏に飲屋へ誘われたのでついていった。小さな閑散としたスタンドバーだった。十時近くまで飲んだ。覚えている話はふたつ。ひとつは中島健蔵の旋盤いじり。

《もう一つ。歩き方をみれば、その人の閨房も判るし、文学も判ると思うという井伏的主張。彼は執拗にこの話をつづけていたが、ふいに尿意をおぼえて共同便所へと出かけた。その足音はカタカタカタカタひどくせっかちであった。》

うまい。「まえがき」を読むと《つぎの方々のお世話になりました》というところに黒川創、笹瀬王子、庄内斉、都築令子、野平明子、冨士重人、松本八郎、矢部登、山田稔の諸氏にまじって小生の名前があった。なぜに? なにもお世話した記憶はないのだが……と思って本文を読み始めると、ああ、なるほど、と納得する記述に出会った。

 瀉瓶コミュニケイション

鶴見俊輔を描いたくだりに「瀉瓶」が何度も出てくるのである。雑誌ではどうなっていたのだったか、忘れてしまったが、原稿を読んでも文意が通じないので「溲瓶」じゃないかとか、いろいろな人がいろいろな意見を述べているということを中尾さんと会ったときにうかがった。しかし鶴見さんが溲瓶はないだろう。と思って帰宅して検索してみると、それは簡単な仏教用語であった。瓶の水を他の瓶にそっくり移す意味で、師が弟子に仏法の奥義をもれなく伝授することなのだそうだ。これならいかにも鶴見さんらしい発想だ。これを中尾さんに伝えた、それだけのことである。まえがきで謝辞を述べて頂くほどの尽力ではないので、誤解なきよう表明しておきたい。

とにかく面白い!
by sumus_co | 2013-03-31 21:03 | おすすめ本棚
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