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三鷹ゆかりの文学者たち/二人の友

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『三鷹市市制施行60周年記念展 三鷹ゆかりの文学者たち』(三鷹市芸術文化振興財団、二〇一〇年)を頂戴した。阿佐ヶ谷、高円寺には文士連が大勢住んでいたことは知られているし、それに関する本も出ている。ところが三鷹市となるとあまり具体的な印象がなかった。たしかに太宰治がいた、それはそうだが。

本書によれば、他にも三木露風、山本有三、武者小路実篤、丹羽文雄、瀬戸内寂聴、吉田一穂、宮柊二・英子、吉村昭、津村節子、大岡信・玲、李恢成、辻井喬、井上荒野、高村薫、奥泉光、平田オリザ、吉野左衛門(三鷹出身のジャーナリスト、俳人)、亀井勝一郎、今官一、武田麟太郎、小林美代子……そして村上春樹も昭和四十四年に三鷹のアパートに引っ越しているし(翌年まで住む)、川本三郎も下連雀に住んだことがあった。また森鴎外が下連雀の禅林寺に改葬されたのが昭和二年、この寺には太宰治の墓があり、昭和二十四年には田中英光がその墓前で自殺を図った。小林美代子も三鷹市内の自宅で自殺している。

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三鷹に関連する同人雑誌の写真に目が止まる。『文学者』は丹羽文雄の主宰で同人雑誌といっても影響力の大きなもの。『Z』はその後継誌、三谷晴美(瀬戸内寂聴)と恋愛関係にあった小田仁二郎が主宰。『亞』はさらにその後継、吉村昭の主宰。吉村昭は同人誌で鍛え上げ頭角を現した作家であった。

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で、どうしても残念だな、と思うのは小山清が抜けていること。小山清は昭和十五年に三鷹下連雀の太宰宅を初めて訪ねた。『ARE』第十号の大崎節子「年譜と小山清」からそのくだりを引用してみる。

《玄関の戸をあけて、「ごめん下さい」と言うと、すぐに太宰治があらわれた。「初めてお伺いした者ですが、ちょっとお目にかかりたくて」と言うとかるくうなづいてから「お上がり」と言った。清が黙っていると「三鷹ですか」と太宰が聞いた。「いえ、下谷です」というと太宰は怪訝な面持ちをした。そして下谷には砂子屋という本屋がありますねと確かめるように言った。それから「尾崎一雄がいますね」と言った。なんで下谷の住人がはるか三鷹くんだりまでという口ぶりだった。清が持参の原稿を取り出すと、太宰は興ざめ顔をした。それもその原稿が鉛筆書きなのを見て、自分も鉛筆を使ったことがあるが鉛筆は疲れるような気がすると言った。太宰は一旦傍らに置いた原稿を取り上げて、書き出し二三行を読み、うなづいて「いいものかも知れない」と言った。太宰が読んだのは清の文章ではなかった。エピグラフとして引用したアンデルセンの文章だった。清はちょっとおかしかった。でも、いずれわかることだからと何も言わないで帰った。》

この後、清は太宰をしばしば訪ね、小説を見てもらうようになった。昭和二十年には清の住んでいた新聞販売店が空襲によって焼失したため、清は太宰宅に身を寄せた。太宰一家が甲府に疎開した後も清は三鷹の留守宅に住んでいた。昭和二十一年十一月に太宰らが帰ってきてもしばらく一緒に居たが、翌年一月末に炭坑夫の募集に応じて夕張へ出かけた。

昭和二十三年、太宰死去の報を受けて東京に戻る。清は夕張を引き払って文筆に専念するようになった。このときは板橋区に越したが、二十四年に武蔵野市吉祥寺に移転、三十一年に練馬区関町の都営住宅に当選するまでそこに住んでいた。ということで三鷹市(=太宰治)とは深いつながりがあるわけだ。ぜひとも入れておいて欲しかった。

頂き物をする少し前に『二人の友』(審美社、一九七九年八月二十日再版、初版は一九六五年)を目録で買った。うっかり日本の古本屋で検索しないまま注文して、届いてから調べると、一番高額な方だったのガッカリ。しかも鉛筆の線引きを消した跡がかなりある。まあ、仕方ない、自らのうかつさは別にして、この本屋さんは小山清を高く評価しているのだろう、と納得することにした。

短い随筆を集めたこの本では、清が太宰のことを書いたものもいいが、「井伏鱒二の生活と意見」は井伏の本質を無造作にえぐるような佳作であろう。井伏の書斎について書かれているあたりを引いてみる。

《井伏さんのお宅に伺うと、いつも玄関からは入らずに、庭先へ廻り、縁側から書斎に上る。井伏さんの書斎は庭に面した八畳間で、ここで井伏さんは客に会う。
 井伏さんは庭のことを植木溜と云っている。実際、処狭きまでに、庭いっぱいにいろんな樹木が植えてある。井伏さんはその樹の一つ一つを、井伏さんの郷里、深安郡加茂村の家の背戸から眺めた、故郷の山々の姿になぞらえて見ているのだという。あの樹はなに山、この樹はなに山というように。》

《井伏さんの机は、横長の抽斗のない、材は赤松の、もう十五年来愛用しているものである。夜になると、井伏さんはこの机のうえに電燈を引っぱってきて、執筆するようである。文房具なども、とりわけて好みに執することもないようである。井伏さんは身のまわりをかえりみて、あれも貰いもの、これも貰いもの、それも、と云つた。井伏さんはいまいい硯箱が欲しいそうである。
 部屋の壁には、ゴッホの糸杉の絵の複製が貼ってある。カレンダー附のポスターである。どこやらの酒場に掲げてあったのを、気に入ったので、無心してきたのだという。
 井伏さんは机のわきにある小抽斗をあけて、なにやら取り出し、私に渡して寄こした。見ると、馬糞紙でこしらえたメンコであった。井伏さんが子供の頃に弄んだ品だそうである。こないだ郷里へ帰ったときに、生家で見つけたのだといふ[ママ]。
「心が荒れているときなど、こんなものを取り出して見ていると、柔らいでくるね」
と井伏さんは云った。》

小生、井伏鱒二をよく読んだ時期があったが、この小山清の観察は、その読書体験から得た印象をしっかり支えてくれるような感じがする。「井伏さんって興奮させるところのある人だろ」……と太宰が清にもらしたという言葉も、また鋭いものだ。

もうひとつ、井伏が酒場で清に語った、執筆に際していちばん大事なことというのが、意外性があって、しかもいかにも井伏らしい。チエホフのように書きたいねと言ってこう続けた。

「いちばん肝腎なことは熟睡することだ。」

熟睡した後では潜在意識がよび覚まされて、自然に筆が運ぶのだそうである。これは自らを強く恃むところのある作家にしか言えない言葉だと思う。
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by sumus_co | 2013-03-29 22:07 | 古書日録
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