林蘊蓄斎の文画な日々
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世ニ二棄物有リ

b0081843_2153586.jpg

近所の桜はまだ五分咲き程度のようだが、この樹だけは満開になっていた。

『scripta』二十七号(紀伊國屋書店、二〇一三年四月一日)が届いた。荻原魚雷氏の新連載「男の本棚」が載っている。第一回は「四十初惑」と題して、野村克也、扇谷正造、吉川英治、源氏鶏太とつないでゆく芸は魚雷氏ならではの筆さばきである。そのなかに田能村竹田が登場しているので驚いた。昨日の今日だ。吉川英治からの引用。

《田能村竹田は、三十で隠遁し、四十代で田翁、田叟(そう)と自署していることから、吉川英治は「ずいぶん老けた人である」とおもっていた。
 しかし五十歳ちかくなった田能村竹田は、若年のころからずっと誰にも負けまいという気持で絵を描いてきたのだが、「四十をすこし踏んでからは、これでいいかと考え出した。(中略)つまらない雑草の花ではあっても自分の枯れた後も、この土壌に自分の種族を来年の春も、次の春も、咲いてあるように欲しいというような本能を感じてくる」というようなことを友人宛の書簡に綴っていたそうだ。》

竹田の隠居したのは三十六歳(数え三十七)である。竹田は由学館という藩校で講義をし、また『豊後国誌』編纂に従事した岡藩(大分県竹田市)の有望なインテリ青年だった。文化八年の百姓一揆に対する建言書を藩主に提出しようとしたらしいが、しかし下役だったので提出も許可されなかったらしい。そのため隠居願いを出し、それは認められた。ただし隠居後も由学館で非常勤講師を勤め、藩からは扶持ももらっていたので、本当の隠遁というのとは少し違う。

《世ニ二棄物有リ。蕉叟ト僕ト之ヲ謂フ也……是ヲ以ツテ会スル毎ニ相謀リ、帰隠ノ計ヲ為ス。而シテ猶未ダ果サズ、頃日、僕ハ竹田書屋ニ屏居ス……》

とこれは享和三年(一八〇三)に書かれた竹田の文(『日本美術絵画全集 木米/竹田』解説より)。自らの無力さを痛感し隠遁(隠居ではなく)への願望をつのらせていたことがよく分る内容である。吉川英治の言うようなのんきな話ではないようだ。むろんここから田能村竹田は田能村竹田に成るわけだから、この挫折感をわれわれは幸いとしなければならない。

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「愛瓢自画像(部分)」(『日本美術絵画全集 木米/竹田』より)。若い頃から晩年まで眼病に苦しんだというが、天地眼のような瞳の配置にちょっと凄みがある。

富士川英郎は「鴟鵂庵詩話(十四)」(『本』第十五号、一九六五年五月)で田能村竹田を取り上げて、その詩風について次のように書いている。

《竹田は一言にして言えば、風雅の士であり、趣味の人であった。広瀬淡窓、草場珮川、田能村竹田と三人を並べてみると、淡窓の詩は清逸典雅で、格調が高く、珮川は素朴で、日常的で、写生的であるが、竹田は最も浪漫的、趣味的で、書巻の気が多い。そして時に「穠褥に過ぎた」その詩境が、しばしばデカダンスに陥っていると言うことができるが…》

竹田の風雅や趣味の根幹に挫折が、深い無力感が、あった。しかも、その絵も詩も趣味の人の域は遥かに超えているし、本人にも高みを求める強い自覚があった。竹田は著作も多い。全集……はちと高価だが、いずれ繙いて、もっとよく竹田の本質を見つめてみたいと思う。
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by sumus_co | 2013-03-25 22:19 | 古書日録
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