林蘊蓄斎の文画な日々
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聖家族

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堀辰雄『聖家族』(日本近代文学館、一九七四年九月一日五刷)。原著は一九三二年二月二〇日に江川書房から刊行された。他に野田書房版もある。

中野書店 古本倶楽部 二つの『聖家族』
http://nakano.jimbou.net/catalog/geta_themes.php/gtID/5

なかなかのお値段だ。もちろん重刷の複刻版だから百円でなければ買わないし、すでに一冊どこかに蔵している。しかしこの本の形はいい。本体がくるみ表紙の三方折込み(いわゆるフランス装)でアンカット(フランス語では non coupé)になっている。その本体をタトウのような厚紙表紙で挟み、貼函に挿し入れる。ハードカバーのハード部分を取り外したかっこうである。函とタトウの用紙はごらんのように真白。文字は印刷されていない。本体の表紙にタイトルだけが刷られ、背にも文字はない。いたって素っ気ないが、タテ16.8mm、ヨコ12.6mm(函)という小振りなサイズとともになんとも小憎らしいような出来栄えである。もちろん白い本はすぐに汚れるから、よほどの覚悟をしないと白い紙を外装には使えない(『書影でたどる関西の出版100』は頑張ってみました)。

この小説の冒頭の文章は《死があたかも一つの季節を開いたかのやうだつた。》という有名なもので、有名といえば『風立ちぬ』の冒頭《風立ちぬ、いざ生きめやも》も究極のような気がするのだが、後者はポール・ヴァレリーの「海辺の墓地」という長い詩の最後の連の最初の行から取られている。

 Le vent se lève! . . . il faut tenter de vivre!
 L'air immense ouvre et referme mon livre,
 La vague en poudre ose jaillir des rocs!
 Envolez-vous, pages tout éblouies!
 Rompez, vagues! Rompez d'eaux réjouies
 Ce toit tranquille où picoraient des focs!

 風が吹く!……生きなければならぬ!
 広大な大気は私の本を開いては閉じ、
 波は飛沫となって岩に砕ける!
 飛べ、めくるめく本の頁!
 破れ、波よ! 打ち破れ、歓喜の水で、
 白帆すなどるこの静かな屋根を!

この翻訳は桑島玄二「詩的体験」(『天秤』45、一九七六年一〇月、掲載)より引いた。桑島は菱山修三訳『海辺の墓地』(椎の木社)を古本屋で見つけ、いつも小脇に抱えていたそうだから、そこからの引用だろうか(?)。ただし《白帆すなどる》は意訳というか誤訳に近い。《picoraient des focs!》のpicorerは鳥が餌をついばむしぐさを意味している。海(=屋根)の上で何隻かの船(=鳩、この前の部分に出ている)が風に揺られてそれらの三角帆(foc、=くちばし)が海面をつついているように見える、ということだろう。「すなどる」は貝や魚をとることで「ついばむ」に当てるにはいかにも苦しい。ま、それはどうでもよろしい。桑島はこの作品をどのような状況で読んでいたのか。

《わたしは『婦人公論』という女性雑誌を、そこに連載されていた堀辰雄の「大和路・信濃路」を読むためにのみ、わざわざ買っていた。当時わたしは旧制高等商業学校の学生であり、二百人の同級生がいた。》

《二百人の同級生のうち、堀文学に魅せられていたのは、『菜穂子』『晩夏』を抱えていた学生と、『幼年時代』『曠野』を書架に置いていた学生の二人しかおらず、そしてその二人ともわたしの友人であった。
 「風立ちぬ、いざ生きめやも」というヴァレリー詩句を、そしてそれを抜き取りした堀辰雄の『風立ちぬ』を、死への切ない讃歌として見るのもまちがっていると思う。わたしは堀辰雄をマイナー・ポエットとしてみ、それだけに孤独に耐える生命力をそこにみていたのである。
 機上に消えて行く特攻隊の青年は、その孤独に耐える生命力のきわみであったといえるであろう。》

同時代人の読書体験には傾聴すべきところが多い。マイナー・ポエットはまさにうなずける。ところで《死があたかも一つの季節を開いたかのやうだつた。》という一文にも何か元になる出典があるのだろうか。あってもよさそうだし、なくてもそれはそれでいいけれど。なお、ヴァレリーはこの作品のモチーフとなった墓地に眠っているそうだ。

Tombe Paul Valéry
http://fr.wikipedia.org/wiki/Fichier:Tombe_Paul_Valéry.jpg
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by sumus_co | 2013-03-01 21:52 | 古書日録
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