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ウッツ男爵

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ブルース・チャトウィン『ウッツ男爵』(池内紀訳、文藝春秋、一九九三年九月一日、装幀=坂田政則)。なかなかに面白く読了。

《所はプラハ、時は「プラハの春」をはさむ冷戦下、主人公は古い都におなじみの変わり者、せっせとマイセン磁器の人形をあつめていた。その死とともに尨大なコレクションが一夜にして消え失せた。
 少し皮肉で、多少ともペダンティックで、語り口が絶妙だ。まさしく読みたいような小説であり、もし才あれば、自分でも書きたいような小説だ。》(訳者あとがき)

マイセンの磁器人形はよく知られていると思うが、こういうものである。

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《細長い部屋で、両側の壁にそって床から天井までガラスの棚があるために、なおのこと細長い印象がした。棚にはぎっしりと磁器が並んでいる。棚の奥は両面とも鏡になっており、その結果、きらきらしたひとつながりの空間に踏み込んだ錯覚がした。無限へとひろがっていく「夢の部屋」のようで、そのなかを人の姿が幻の影のようにすべっていく。
 床には灰色の絨毯が敷いてあった。足元に注意しなくてはならない。あちこちに白磁のつくりものが置いてある。ペリカン、七面鳥、熊、山猫、犀。ドレスデンに建てられた〈日本宮〉のためにケンドラーかエーバーラインが制作したものにちがいない。どれもひびが走っているのは、焼きに問題があったのだろう。》

以上がウッツ男爵のコレクション・ルームの描写である。否応なく以前紹介したアルベール・サマンの短編小説「クサンチス」を連想してしまう。『ウッツ男爵』にはコレクションにまつわる話ばかりでなく戦時下および冷戦下のプラハの様子にもかなり筆を費やしており(というか、そちらが主なテーマである)、かつては頻繁に映画や小説にも登場したような状況なのだが、今読むと、かえって新鮮な感じさえ覚える。

チャトウィンは一九四〇年、英国のシェフィールド生まれ(刃物で有名な街である)…とこれはwikiによる。あとがきではバーミンガム生まれとなっているが、生まれはシェフィールドで、幼少時代をバーミンガムで過ごした。ウィルトシャーのマルボロ・カレッジを出てロンドンのオークション・ハウス、サザビーズでポーターとして働き、後に印象派絵画のエキスパートとなった。

ここで「ポーター porter」と言うのはイギリスの古美術商における丁稚、使い走りのことである。例えばスピンクというロンドン随一の老舗美術商ではこういう仕事するのだという。

《東洋美術部では二十人ほどの社員が、たった二人のポーターを一日中追い回していた。ゴミ集め、皿洗いや紅茶のカップの漂白、美術品の梱包に撮影、窓の修理と何もかもをさせられる。その働きぶりは、さながら陰湿な継母にいじめられるシンデレラか「家なき子」のようだった。》(六嶋由岐子『ロンドン骨董街の人びと』新潮文庫、二〇〇一年)

ポーターには家柄や学歴も求められ、一流店に就職するのは至難でありながら、ポーターからアシスタントになり、さらに美術品を扱えるディーラーになるのは十人に一人か二人だそうだ。スピンクとサザビーズでは少し違うかもしれないが、大きな差はないだろう。その意味ではチャトウィンは目も利き才覚もあったわけだ。

ところが、一九六四年、目の調子が悪くなって、翌年チャトウィンは療養のためスーダンに滞在した。帰国したときには美術品への情熱はすっかり失われており、あっさりとサザビーズを退社。エディンバラ大学で考古学を学び始める。しかしアカデミックな空気に馴染めずこちらも二年で中退。七二年『サンデー・タイムズ・マガジン』の美術・建築に関するアドヴァイザーとして雇われた。ここで文章力を磨く。パリでアイルランドの建築家エイリーン・グレイ(Eileen Gray)と出会ったのがきっかけで南米パタゴニアへ旅して最初の本『パタゴニア In Patagonia』(一九七七)を書き上げた。

というような作家への道筋なのだが、驚いたのはその死に方である。あとがきには《一九八九年、急死した。四十八歳だった。》と書かれているだけだが、wikiではこうである。

《Around 1980, Chatwin contracted HIV. He told different stories about how he contracted the virus, such as that he was gang-raped in Dahomey, and that he believed he caught the disease from Sam Wagstaff, the patron and lover of photographer Robert Mapplethorpe. He was one of the first high-profile people in Britain to have the disease. 》

ロバート・メイプルソープのパトロンであり愛人だったサム・ワグスタッフからエイズをうつされたというのだ。驚きである。

偶然かどうなのか、前出の六嶋由岐子『ロンドン骨董街の人びと』にもスピンクのガンダーラ彫刻専門のディーラーとしてアンソニー・ガードナーという人物が登場する。

《昼食会が終わろうとするころ、ガードナー氏は残酷な事実を打ち明けたのだった。申しわけないが近い将来、自分は今の職務が果たせなくなる。HIVに感染していたらしいのでね。医者が言うにはそれが発病して一年ももたないということなんだ。体調はいいとは言えないのだが、今日の気分は最高さーー。》

ガードーナーは入院を拒んで自宅で療養しながらガンダーラ美術のディーラーとして働きつづけた。その強い執念のため医者の予告よりも一年長く生きたということである。
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by sumus_co | 2013-02-24 21:23 | 古書日録
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