林蘊蓄斎の文画な日々
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零録4 後素協会

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徳川時代の絵師に関する逸話を羅列した前半(横井鉄叟筆話)は終り、後半は明治二十八年に京都で結成された日本画の結社・京都後素協会についての記述に変っている。後素協会はこういう団体だった。

《明治時代の京都で活躍した画家の結社である後素協会に関する資料、5点。後素協会の前身は慶応2(1866)年に土佐光文・鶴沢探真・狩野永詳・原在照・吉村孝一・国井応分が中心となり、新古書画展覧および動植物写生などの研究のため創設された。のち、明治元(1868)年に後素如雲社と命名し、ついで同28年に京都後素協会と改称した。》(京都府総合資料館・古文書解題

『零録』の意図はこういうことである。

《今歳 壬寅 京都の後素協会の東京に展覧会を開きしや 彼地美術家をして京都に明治の新画風を失はさらんことを希はしむ これ正に新派勃興の一期節として文芽なるもの この新画風に対する各派画家の意見を叩き新派画観と題して公す依て左に摘録して其趨勢を観んと欲す》

後素協会の若手たちが油絵の描法を取り入れて「日本画」を描いた(要するに横山大観らの日本美術院に呼応した京都の動き)。代表作家として後素協会の委員だった竹内栖鳳を思い浮かべればいいだろう。制作年代はかなり後になるが洋画と日本画のいいとこ取りの見本のような例として竹内栖鳳「斑猫」(一九二四年、山種美術館蔵)を掲げておく。

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その東京展(壬寅は明治三十五年)に対する感想が集められている。《新派画観と題して公す》とあるので何かの媒体に発表されたものだろうか。パンフレットのようなものだったか(?) そのダイジェストだそうだが、さらにそのごく一部を引用しておく。

《余は京都の画家か悉く生硬の洋画家となりて固有の描法を失ふに至らん事を杞憂に堪さるなり》(田村宗立、1846〜1918、洋画家、画僧、別号に月樵)

《如何に新派の画か洋画風に傾くも之を描きたるものか日本人にして日本流より出たるとすれは日本画なるに相違なし/新派を攻撃するものは京都の画風をのみ古社寺的に保存せんと欲するは斯道に忠なるものに非さるなり》(谷口香嶠、1864-1915、幸野楳嶺門下、京都市立美術工芸学校および京都市立絵画専門学校で教職)

《絵の流行は尚衣裳の模様の如し 竪縞か流行れは次に横縞となり又竪縞に戻る 無地の次には友仙か流行し友仙かすむと又無地の流行するか如し》《余は此際に門下の油絵風に化するを戒め自ら描くにも殊に隈取を省き線を確かにして日本固有の風を遺さんとせり 雪舟元信の絵はいはば地合の良き流行に従はさる着実なる織物なり》(鈴木松年、1848〜1918、鈴木百年の長男。上村松園の師)

《現時京都の青年者流の描く処に就て或は油絵流或ハ新派と称し居る向きあるも余は其意を解するに苦む 余か視る所に依れは油絵を摸したるものにあらす 唯社会進歩の趨勢か自然に青年者流を融和したるなり》《当時攘夷を唱へたる人今日の形勢に見て何の感かある 思ふに所謂新派を排するの人 他日又この攘夷家の今日に対すると同一の感あらんなり》(山元春挙、1871‐1933、京都市立絵画専門学校教授、帝国美術院会員)

《新派の画は流行するに相違なきも今尾及余の如き老人ハ迚もこの風を採るの勇気なし只この新派か美術院に比して筆の立ちおるは稍頼もしき処あるも画を為すに際し彩色せして絵具を塗抹する計りなるは相似たり》(原在泉、1849-1916、原在照の子、京都府画学校教授)

《日本画は到底洋画と混一すへきものにあらす もし日本画を以て洋画たらしめんと欲すれば到底彼に及はさるへきなり 然れとも日本画の写生以外の写生の妙を得んには先つ写生に入て写生を出てさるへからす されハ日本画家の写生を忽にすへからさる勿論なり》(三宅呉曉、1864-1919、森川曾文門下、京都市美術工芸学校教諭)

《画に東西の区別あるも真物に模せんとするか終極の目的なれは他日の彼是相調和して東西の人をして観て共に其妙を感せしむるの域に至らんは必せり 呉道子ノ如き以て徴すへし》(巨勢小石、1843-1919、東京美術学校教授)

日本画と洋画の折衷の問題よりも「日本画」という言葉が、この明治三十五年頃には、すでに確立していることに興味を覚えた。
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by sumus_co | 2013-01-30 21:10 | 古書日録
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