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油絵のマティエール

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岡鹿之助『油絵のマティエール』(美術出版社、一九五九年八月二〇日三版)。初版は一九五四年。岡の手紙で思い出した。郷里の書棚に眠っていたのを取り出して見た。

この表紙の絵は「遊蝶花」(一九五一年作)と題された作品で『サンデー毎日』一九五二年二月一七日号の表紙にもなっている。「遊蝶花」(三色すみれ)は上田敏訳のグウルモンの詩集『シモオヌ SIMONE』(一八九八)の「柊冬青(ひひらぎそよご) Le Houx」からとられたそうだ。二行が一連で九連からなる作品、その最後の二連を引用してみる。テキストは「Site Florilèges/Remy de Gourmont」および岩波文庫『上田敏詩抄』昭和十五年十四刷。


 Il plante des iris sur le toit des maisons,
 Et dans notre jardin, Simone, où il fait bon,

 Il répandra des ancolies et des pensées,
 Des jacinthes et la bonne odeur des giroflées.

 人家の軒へあやめぐさ、
 さてシモオヌよ、わが庭の

 春の花には苧環(をだまき)、遊蝶花(いうてふくわ)、
 唐水仙(たうすゐせん)、匀の高い阿羅世伊止宇(あらせいとう)。


遊蝶花(いうてふくわ)は「des pensées」(パンジー、フランス語の発音はパンセ)の訳語であった。それにしても上田敏の訳もかなり大胆な意訳だ。調子がいいのはそのためか。

この本には小生も高校時代にお世話になった。その版が何版だったかチェックするのを忘れてしまったが、表紙はこれと異なる。全体に赤っぽい花の絵だった。油絵の技法は化学であるということを教えてくれた最初の書物。その後、専門的な技法書はブームのように数々翻訳出版されることになり、この本も時代遅れという感はいなめないが、戦後のある時期に重要な役割を担ったことは間違いないだろう。

岡は藤田嗣治の勧めでパリのサロン・ドートンヌに出品したとき、自分の絵の絵具の付き方が隣に並んでいる絵と較べてみすぼらしいことにショックを受け、技法の研究を始めたそうだ。とくに本書で記憶に残っているのは白絵具の使いすぎに注意せよというくだりである。

《ともすると、色を薄めるために、無分別に白絵具をまぜる傾向を、この際、反省したい。白絵具をして、水彩画の水の役目をさせるようなことに陥ると、まぜられた他の色は、色そのものの純度を減少するばかりでなく、冴えも、輝きも失って、水を割ったような、鈍くぬるい画面になってしまうものである。》

それから、ボナールの「夕餉」という作品の図版がカラーで掲載されているのだが、この絵がとても好きだった。なんとも言えない良い絵だなあと何度も何度も眺めたことを覚えている。

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《この絵のスェーターの部分は、あらかじめ、白で下塗が用意されている。その上に、混色をさけた朱色を塗り、白い縞の部分は塗り残してある。(つまり白い縞は、地塗の色のわけ。)なぜ、そのような技法を用いたかというのに、もし、朱色の上に白を塗ったのでは、このように、鮮やかな白は出せないからであり、また、純白の下塗のために、朱色は暗くならず、いきいきと冴え渡るからである。》

油絵具の白は不透明だが、多くの色(顔料とメディウムの混合された物質)はおおむね透明なのでここで岡が説明しているようなことが起こるわけである。必ずしも岡鹿之助がこういう技法に忠実だったとは言えないようだが、当時は絵具の使い方に「論理」があるというの知って、目からウロコが落ちたような気がしたものだ。
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by sumus_co | 2013-01-14 21:54 | 古書日録
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