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余白の時間 辻征夫さんの思い出八木幹夫『余白の時間 辻征夫さんの思い出』(シマウマ書房、二〇一二年一〇月一日、装幀=戸次祥子)が届いた。二〇一〇年にシマウマ書房で行われた「詩人辻征夫さんの思い出」と題した八木幹夫氏の講演が一冊の本になった。辻征夫と永く交際してこられた八木氏ならではの回想や逸話、そして辻詩に対する解釈がやさしく語られている。一気に読んでしまった。 八木氏が引用している辻作品から「ある日」(詩集『かぜのひきかた』所収)。 ある日 会社をさぼった あんまり天気が よかったので 公園で 半日すごして 午後は 映画をみた つまり人間らしくだな 生きたいんだよぼくは なんて おっさんが喋っていた 俳優なのだおっさんは 芸術家なのかもしれないのだおっさんは ぼくにも かなしいものが すこしあって それを女のなかにいれてしばらく じっとしていたい 辻の詩をそう多くを読んでいる訳ではないが、かなり技巧派だとは思う。「ある日」などもじつに巧妙な作品である。詩にかぎらずどんな文章にも技巧は必要なものだが、辻詩と俳句の関連についてもテクニカルな面から論じれば面白いのではないかと思ったりもする。 『詩学』の嵯峨信之が辻と小沢信男さんにうなぎをご馳走していたとき、辻が「学成らずもんじゃ焼いている梅雨の露地」という俳句があるけどこれはいい句ですねと小沢さんに向かって言った。じつはそれは小沢さんの俳句だった。その後すぐ辻が「小沢さん、ぼくらの先生になってくれない?」と依頼して詩人たちが一ダース集まった余白句会が生まれた…とこれは小沢さんの文章でも読んだことのある話だが、考えてみると、「ある日」の作り方は「学成らずもんじゃ焼いている梅雨の露地」とまったくと言っていいほど同じではないのか? 辻の詩法(それは非常に現代詩的なものだと思うが)は俳句の構造をもっていると断言してもいいように思う。 掲載写真から。上は高見順賞を受賞した頃(一九九〇年)の辻と八木氏(右)。下は八木宅にて。左から八木夫人、辻、中上哲夫、小沢信男、井川博年。なお余計なことだが、32頁に《どこへ行ったときでしたかね。日米なんとかって札に書いてありますけどなんだろう》と述べられている写真の撮影場所は伊豆下田の了山寺である。「日米締交法燈下」 と書かれた木札で分る。 ところで、辻の歯ぎしりは凄かったらしい。 《私も一緒にあちこち旅行に行きましたけれども、いや、隣の部屋、壁隔ててものすごい音が聞こえるんですね。私はその、辻さんのなんて言うのかな、歯ぎしりの音の凄まじさを思うと、辻さん自身になにかこう、えらく内側に抱え込んでいたものがあったんじゃないかという気がします。》 歯ぎしりの原因は不明。ストレスを発散させるためだと言われたり、逆流性食道炎を防ぐためだと言われたりする。歯ぎしりが激しい人は軽い人よりストレス度が高くないという調査もあるそうだから、八木氏が心配しているほど抱え込んではいなかった、かもしれない。また遺伝的な影響がかなり強いともいう。たしかに歯ぎしりはびっくりするような音が出る。中上哲夫「辻さんのヴァイオリン」より後半部分。 もうひとりの 別の辻さん 知る人ぞ知る 歯ぎしりの名演奏家の 辻征夫のことさ 三年前 親しい友人と丹沢の山のなかの渓流に釣りに出かけたときのことだけど 夜中に便所に起きると 旅館の廊下に薄い布団が敷かれていて 辻さんが月明かりのなかでキコキコと一心にヴァイオリンを弾いていた 辻ファンには必読の一冊であろう。 シマウマ書房 http://www.shimauma-books.com
by sumus_co
| 2012-09-22 21:36
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