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棚夏針手詩集

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『棚夏針手詩集』(鶴岡善久編、蜘蛛出版社、一九八〇年六月一日、装幀=君本昌久)を手に入れた。最近までまったく知らない名前だったが、季村敏夫さんが『関西の出版100』(創元社、二〇一〇年)に蜘蛛出版社のことを書いて下さったときに、こちらは編集人として校正をしたのだが、その折に「たなかはりて」という変ったペンネームを脳裏に刻んだ。季村さんの著書『窓の微風』(みずのわ出版、二〇一〇年)や『山上の蜘蛛』(みずのわ出版、二〇〇九年)にも出ていたなと思って調べてみると『詩と音楽』(アルス)一九二三年新年号の「新進十一人集」に竹中郁、春山行夫、川上澄生らとともに棚夏が選ばれているという記述が見つかった。

棚夏針手は明治三十五年生まれ。本名・田中真寿。実家は小石川区大塚仲町の近茂質店。大正十二年から十五年にかけて『君と僕』『白孔雀』『明星』『琅玕』『詩と音楽』『青騎士』『指紋』『謝肉祭』に作品を発表。昭和二年に『近代風景』第二巻第十一号(田中新珠という筆名を用いた)、昭和四年に『オルフェオン』第三号に求められて作品を寄せたが、それ以後では昭和二十五年に近藤東に宛てた詩作品が本詩集に収められているだけである(当時、千葉県印旛郡旭村三才二五四に在住)。『君と僕』は同人雑誌。棚夏と親しかった画家の大河内信敬(女優・大河内桃子の父親)が装幀し、資金的バックアップもしていたという。親しい詩友には近藤東、竹内隆二、添田英二らがいたようだ。『君と僕』に詩集『薔薇の幽霊』近刊広告が出ているとのこと。歿年不詳。

蜘蛛出版社からはこの後、上野賀山『書の幻 棚夏針手の「抜錨の氾濫」』(一九九二年)が刊行されているようだが、未見。

棚夏の詩がどういうものかというとこういうもの。詩誌『青騎士』第1巻6号 通号6号(「青騎士」編緝所、一九二三年三月五日)に発表された「燃上る彼女の踴り(詩集薔薇の幽霊の一部)」。
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鶴岡善久の解説にはこう書かれている。

《彼はマラルメの詩を好んで読んだらしい。マラルメから出発して彼独自の勉強によってシュルレアリスム的手法を会得した。ボードレール、ランボオ、マラルメと結びつく美意識の発展のプロセスを棚夏の詩から読みとることはたやすい。しかも彼の場合ほとんど外国語を解さなかった。》

この文章の《マラルメから出発して》というくだりが気になった。外国語を解さない棚夏が大正十二年以前にいったいどうやってマラルメを読んだのだろう? 

たまたま『ちくま』で鈴木道彦氏が連載しておられる「鈴木家の人びと」の二〇一二年八月号「「玫瑰珠(ろざりよ)」の時代【その四】」を読んでいると、鈴木信太郎が同人誌『玫瑰珠』大正十年十一月号に《初めてマラルメの「窓」と「あらはれ」の翻訳を発表した》とあった。その後に続いて『明星』大正十一年十一月号に「フォオヌの午後 相聞牧歌(エグログ)」を訳載する。棚夏がマラルメを読むとすれば、この『明星』がもっとも可能性はあるような気がする。ただし当時の鈴木訳がどんなものだったのか知らないけれども、戦後になって刊行された文語調の鈴木訳『マラルメ詩集』からすれば、棚夏の作品に影響を与えたというほどの類似は感じられない。

以下に引用するのはトリスタン・ツァラ「石化したパン」(浜田明訳『今日の詩人双書 トリスタン・ツァラ』思潮社、一九六九年)の冒頭。棚夏の言語感覚に非常に近いものを感じる。
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ところがなんと「石化したパン」は『反頭脳L'antitête』(Cahiers Libres, 1933)に収録された作品だった。ということは昭和八年刊である。「燃上る彼女の踴り」の十年後だ。とすれば、棚夏の詩的活動はほとんどパリのシュルレアリスム運動と同時期である(シュルレアリスム宣言は一九二四年=大正十三年)。外国語を理解しない棚夏がどうやっていきなりこのような言語変成法を身につけたのか、じつに興味深い。
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by sumus_co | 2012-09-08 21:17 | 古書日録
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