《私はもう十分に読みましたので、お送りします》と某氏より『近代詩書在庫目録』(田村書店、一九八六年)が届いた。《もはや歴史的(笑)文書でしょうか》と手紙の末尾に記されていたが、十二分に歴史的価値を持つ古書目録である。
表紙の書影は宮澤賢治『注文の多い料理店』。明治より昭和十年代まで(一部三十年代まであり)の詩書・関連書約五百点掲載。非常に高いレベルのコレクションである。書誌的な態度で編集したという通り、発行年月日や装幀者名が記載されていること、図版写真の縮尺が統一されていることなど(本の大きさが一目で比較できる)、今から見てもかなり意欲的な試みだと思われる。
幸いにも、この目録については『ユリイカ 詩と批評』(青土社)二〇〇三年四月号において田村書店主奥平晃一氏と川島幸希氏が対談「詩集初版本談義」のなかで詳しく触れておられる。それによれば、本書以外に田村書店は目録を発行していないそうだ。
奥平《親しくしてたお客さんが、家を新築するためにまとまったお金がいるということで、詩集をまとめて売りたいと言われてリストを見せられた。ざっとおおまかに計算して何千万だったかな、値段を言ったら、まあそれくらいだろうなと言ってくれて、現金で買ったんです。目録を出すまでに半年以上かかったでしょうか。》
川島《目録が出た時に、多くの本屋は、これは有名な詩集コレクターの小寺健吉の旧蔵書だと思ったそうですね。今だにそう言う人がいるくらいです。見る人が見れば小寺の出版した『現代日本詩書総覧』の内容とは傾向が違うんですが、これだけのラインナップですから、小寺くらいしかいないだろうというのが衆目の一致したところではあった。》
奥平《僕も買う時に、これは目録にさせてもらいますと言いました。もったいないからそうしましょうと。もう一つは、その頃、石神井書林、落穂舎、下井草書房といった、若い文学専門の古書店が台頭してきていた。参考書にもなるからひとつ作ってみるかな、というのもありました。多少彼らよりは年上ですから。文学堂さん、鶉屋さんや、先輩方には先輩方の値段や評価があるだろうけれど、僕の評価ではこうなんだ、ということをアピールしたかったんです。》
この発言は非常に興味深い歴史的展開を説いているようだ。発行後一番最初に売れたのは宮澤賢治『春と修羅』、『注文の多い料理店』、瀧口修造『妖精の距離』であった……とか。詳しくは『ユリイカ』参照のこと。
平井功『孟夏飛霜』と『爐邊子殘藁』。某氏が手書きで追加されている数字はこの目録より八年ほど前の鶉屋書店での値段だそうだ。
尾形亀之助『色ガラスの街』『雨になる朝』『障子のある家』。
高祖保『希臘十字』『禽のゐる五分間寫生』『雪』。『禽のゐる五分間寫生』は表紙貼り込みの画が欠けている。
吉岡実『液體』。
他に北園克衛もかなりの点数掲載されていて、むむむ、と唸ったり、ボン書店や椎の木社はやっぱりひと味違う本の姿だなとしきりに感嘆したり、まったく見飽きない目録だ。深謝。