林蘊蓄斎の文画な日々
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Herwarth Walden『Einblick in Kunst』(Verlag der Sturm, 1924)。デア・シュトゥルム出版。下鴨で百円だったが、残念ながら巻末が破られている。むろんそれがなければ相当な値段だろう。

デア・シュトゥルム(嵐)はベルリンで一九一〇年〜三二年までヘルヴァルト・ヴァルデンが発行していた雑誌、そして一二年から二八年まで開いていた画廊の名前である。表現主義、未来派、立体派などの前衛美術をドイツに紹介することに努めた。本書は前衛美術大観とでも言うべき内容で、多くの作家が集められ、その作品図版が掲載されている。ピカソ、シャガール、クレー、カンディンスキー、レジェなどよく知られた名前ももちろん多いが、ほとんど聞いたことのない作家もかなりいる。

そのなかにカラーで掲載されている Tour Donas(Marthe Donas, ベルギー人だからフランス語読みでマルト(トゥール)ドナか?)の不思議な作品が目に留まった。ドナは一九二〇年代にアルキペンコらの「セクション・ドール」やモンドリアンらの「デ・スティル」に関わり、欧州各地で作品発表をしていたらしい。二〇一四年に本格的モノグラフが刊行される予定とネット上に書かれていたから、欧州でもこれまでそう重視されていなかった作家であることは間違いないようだ(Marthe Tour Donas)。装飾的な甘さは感じさせるが、新鮮味もある。

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「おや?」と思ったのはこちら、パウル・クレーのデッサン「Kriegerischer Stamm」(戦う部族?)。

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これがどこかで見た図柄だなあ……としばらく考えていて、思い出した。大正十四年五月八日に京都の松竹座で行われた「日露交驩交響管弦楽大演奏会」のパンフレットだ。ロシア各地の交響楽団から選ばれたメンバーが日本交響楽団と競演してベートーヴェンの「第五番」とシュトラウスの「サロメ」と「さまよへる和蘭人」を演奏したようだ。その表紙とクレーのデッサンがそっくりなのである。

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松竹座の宣伝部は山田伸吉が率いていた。むろんスタッフもたくさんいたのだろうが、このクレーを剽窃するセンスはただものではない。パンフレットをデザインした人物は到着したばかりの『Einblick in Kunst』を持っていたと考えてもいいのではないだろうか。そうでないとしても、少なくともクレーのデッサンをどこかで見知っていたことはまず間違いないであろう。

大正から昭和にかけては欧米との地理的な距離がグッと縮まった時代である。情報は早々と(といっても何ヶ月かかかって)日本に届けられる時代であった。それらをパクリまくって日本の美術、宣伝美術は育ってきた、そのひとつのささやかな証拠を発見したような気がする。
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by sumus_co | 2012-08-14 20:47 | 古書日録
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