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鬼火

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ミッシェル・ラゴンの『だまし絵』のつづきを書こうと思いつつ日が経ってしまった。日本人が登場する箇所を二つほど引用しておく。まずパリの芸術家が貧乏暮らしをしているという例として挙げられている部分。

《ほかの人間が誰も暮らせないようなところでなければ世間は彼の存在を見逃してくれない。フォントノワはある市場の上に建てられた奇妙な棟割長屋に住んでいる日本人の芸術家たちのコロニーを知っていた。実は大きな倉庫がこの市場の上にあって、抜目のないその所有者は崩れた柵を使ってそこを無数の小部屋に仕切ったのであった。もちろんこの長屋のなかでは煖房したり炊事したりすることは禁じられていた。日本人たちは床にじかに寝、冷たい米を食っていた。》

もう一ケ所は「アトランの土曜会」と呼ばれる画家の自宅での集まり。アトランは実在の画家。

《マルセル・アルランは彼のアトリエの常客だった。ジャン・ポーランも時々そこへやって来た。クララ・マルローとジャン・デュヴィニョーはアルチュール・アダモフと同じく、名立るこの土曜会の常連のなかに数えられていた。》《そこではいつも新顔が見られた。しかめつらしく自分らだけの片隅から動かぬ幾人かの日本人、もっともやかましいスカンディナヴィア人たち》

パリにいた日本人の生活と性格が目に見えるようだが、具体的にこの時期(一九五〇年代初め)には誰がパリで頑張っていたのだろうか。フジタがパリに戻ったのは一九五〇年だったようだ。

『だまし絵』読了後はドリュー・ラ・ロシェルの『LE FEU FOLLET SUIVI DE ADIEU GONZAGUE ゆらめく炎』(EDITIONS LIVRE DE POCHE, 1967、これも作家某氏の旧蔵書で赤ボールペンによる線引きがところどころにある)を神戸への行き帰りに読んで、精読ではないが、なんとか会期中に読了。予想したよりずっと面白かった。

ドラッグと酒に溺れた男がパリ郊外の療養所で治療をしている。三十歳だが、これまで働いたこともなく女に食わせてもらってきた。生きることの意味がまったく見いだせずに、その意味を求めてパリ市内に住む若い頃に遊んだ友人を次々と訪ねて歩く。その二日間が描かれている。最後に男はルヴォルヴェ(短銃)で自殺を図る。

元版は一九三一年に NRF から刊行されている。歿後に未刊原稿が発見され、それによって編集し直された版が一九六四年に出ている。その前年にはルイ・マル監督の映画「Le Feu follet 鬼火」が公開されていたから、ナチスドイツ協力者としてのドリュー・ラ・ロシェルに対する再評価が始まった時期だったのだろう。作者自身も一九四五年、友人アンドレ・マルローの亡命の勧めも聞かず、三度自殺を図り、ガルデナルの服用によって三月十五日に死亡した(フランス語ウィキによる)。

本来の「Feu follet」は鬼火、狐火、人魂などに似た現象を指すようだ。英語の「ジャコランタン Jack o' lantern (Jack à la lanterne)」に相当する。すぐ手許にある白水社『現代フランス語辞典』(一九九三年)には「とらえどころのない人; 束の間のもの」という第二の意味が添えられているが、ネット上のフランス語辞書ではそういう意味は見当たらない。「鬼火のように être comme un feu follet」は「はしゃぎすぎた、浮かれた」だという。一九五三年版『ヌーヴォ・プチ・ラルース』は同義語「Farfadet 妖精」とだけ。

ルイ・マル「鬼火」
http://chirashcol.exblog.jp/15134764/

Pierre Drieu La Rochelle : tous les livres
http://www4.fnac.com/Pierre-Drieu-La-Rochelle/ia50747

調べてみると戦前すでに山内義雄訳で『女達に覆はれた男』(フランス現代小説. [第10]. 第一書房、一九三六年)、堀口大学訳『夢見るブゥルジョア娘』(新潮社、一九四〇年)、新庄嘉章訳『フランスの生きる道』(利根書房、一九四一年)が出ている。戦後も何種類かの著作が翻訳されているが、『ゆらめく炎』は一九六七年に河出書房新社から出た菅野昭正・細田直孝訳(人間の文学)が最初のようだ。
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by sumus_co | 2012-06-29 21:11 | 古書日録
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