予報は雨だったが、もちこたえて、ちょうどよい散策日和となった。そのためか通りすがりの入場者も多く、たぶん今回のレコード(数えてないので断言はできませんが)。じっくり見てくださる方が少なくなかったのが印象に残る。ゆっくりと何度も見て回ってくださって「これは水彩画ですか?」と質問されると、ちょっとガクッとなるが、もちろん丁寧に対応させていただく。「こちらが水彩画でこちらが油絵です。そちらは筆ペンです」などなど。
某新聞社の既知の記者の方が大学生の女子を連れて来場。在学中に取材の実地研修を行うのだということで、学生さんによる仮の個展取材が始まった。学生さんというだけあってじつにストレートな質問。「どうして絵を描いているんですか?」。う〜ん、好きだから、かな…? 「どんな絵を描きたいんですか?」…むむむ、「それを探してます」。取材メモからちゃんとした個展紹介記事としてまとめられるらしい(むろん新聞には掲載されない)。読ませてくれるとのことで楽しみ。
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電車の行き帰り、画廊のヒマな時間帯に読書すべく何冊か鞄に入れ、画廊にも置いてある。まずは一冊読了。ミシェル・ラゴン『だまし絵 Trompe-l'œil』(大久保和郎訳、河出書房新社、一九六〇年、元版=Albin Michel, 1956)。ラゴンはフランスの美術評論家でかつては日本の美術雑誌にもよく登場していたように思う。母子家庭で教育もろくに受けられず、独学で著述家となった。ナントで青年期を過ごし、一九四五年、二十一歳のときにパリに出た。食べるためにいろいろなことをしたらしいが、セーヌ河畔のブキニスト(古本屋)でも働いたそうだ。その一方で詩や小説を発表、『だまし絵 』も美術評論を中心とする執筆活動に入る以前の作品である。
とは言え、扱っている主題は戦後のパリ画壇の変転で、モンパルナスを根城にするマネースというリトアニア系ユダヤ人の抽象画家がパリの画壇から故意に排斥されて妻にも見放され自殺してしまうという大きな流れに、当時の美術界のいろいろな側面(コレクターたち、画商たち、モンマルトルの画家たちなどなど)をちりばめてある。結局、マネースが死んだ後になって、その作品が高騰し抽象絵画の時代が訪れる。というような皮肉たっぷりの内容で五〇年代のパリ画壇が実際のエピソードに基づいて描かれれている。主要な登場人物は架空の名前になっているが、アトラン、スーラージュ、ポリアコフ、ド・スタールなど実名で現れる画家たちも多い。
つづく