マン・レイの「アングルのヴァイオリン Violon d'Ingres」(一九二四年)。同棲していたキキがモデルである。このタイトル「アングルのヴァイオリン(ヴィオロン・ダングル)」というのは、例によって、マン・レイ一流の洒落になっている。日本でも
「泉」などでよく知られるアングルという古典派の画家が非常な音楽好きでヴァイオリンを弾いたことから「得意な余技」という意味で一般的に用いられるフレーズだそうだ。
そしてマン・レイの写真は女体をヴィオロン(ヴァイオリン)に見立てながら、アングルの代表作でもある「ヴァルパンソンの浴女」(上図)あるいは「トルコ風呂」のターバン風に布を頭に巻いた裸の女性像のパロディにもなっているというわけだ。
アングルは実際にトゥールーズの交響楽団で第二ヴァイオリンをしばらく担当したこともあるというし、リストは一八三九年にベルリオーズに宛てた手紙のなかでアングルの音楽に対する情熱に賛辞を惜しまないばかりか、アングルの演奏を実際に耳にし、ベートーヴェンを弾くその宗教的な的確さ、弓使いの情熱にあふれた力強さを賞賛しているそうだ(
LE VIOLON D'INGRES)。
この話で思い出すのが、先般話題にした
マルセル・デュシャンのチェスである。とにかくもフランス代表入りしたくらいだから、相当な指し手であったことは間違いない。デュシャンにとってのチェスは正しい意味での「ヴィオロン・ダングル」だったということになる。
最近なんとか『
マン・レイ自伝』を読み終わった。いちばん印象的だったのは、全編を通じてマン・レイが絵画に対する情熱を語っていることだ。むろん過去に誰も描いたことのないような新しい絵画ということであるが、とにかく絵画である、写真ではなく。写真はたまたま生活のために始めたものであって芸術の手段としてはみなしていない、という意思が前面に押し出されている。
キキはマン・レイの写真のモデルにはなっているが、他の写真家のモデルは断ったと誰かが書いていた。画家のためには裸体モデルをつとめたのに、である。実際はどうか知らないが、もしそれがほんとうだとしたら、キキも写真をアートとは認めていなかった。これはひょっとしてマン・レイの意見が反映していたのではないだろうか(?)。
そうなると、ちょっとややこしいのであるが、マン・レイにとっての「ヴィオロン・ダングル」は写真ではなかったか? というような気がしてくる。現在では画家としてもかなりの評価はされているが、その写真が賞賛されているレベルにはほど遠いだろう。外野から見ればマン・レイの絵画こそが「ヴィオロン・ダングル」にも思えるのだ。マン・レイの本心はどうであれ。
ただ、そいうふうにどれが本業かなどとジャンル分けしてマン・レイの行為をとらえるのではまったく何も理解していないに等しいのかも知れないとも思う。