林蘊蓄斎の文画な日々
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蚤の市

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石黒敬七『ユーモア随筆 蚤の市』(岡倉書房、一九三六年と九月二〇日、表紙=藤田嗣治)。普及版。初版は一九三五年らしい。

主にパリでの見聞を面白おかしく描いた随筆集。とにかくむちゃくちゃ人の名前が登場する。氏だけの人物も含めると六百人を越えるようだ。大雑把に分けると、画家、柔道・スポーツ関係者、政治家、その他。画家の名前が多いのは、自身もサロン・ドートンヌに絵が入選したくらいの腕前(素朴派である)だから、絵や絵描きが好きだったのだろうと思われる。絵描きの珍談……とくにその貧乏話は笑えるが、笑えない。

藤田嗣治が最も頻繁に登場するようで、他には岡本老人、「宝の山」の内藤丈吉、諏訪旅館の諏訪秀三郎、蒙古王佐々木照山、横山作次郎、久米正雄、佐分真、宮田重雄、益田義信、角野判治郎(かくの ばんじろう)、永瀬義郎、松尾邦之助、嘉納治五郎なども登場回数が多い。

林芙美子についてはこんな書きぶり。

《原稿を書く時はドアに「原稿執筆中」の札を下げるか、ダンフエルの角のカフエで書くのだといふてをられた。林氏に二度しか会はぬのにカフエスーフレーの出口迄追つかけて結婚を申込んだセー[二文字傍点、繰り返し記号]のジヤポネーがゐたさうだ。林さんの有名さを慕ふてか或ひは久しく日本を離れてゐて、日本女性の慈愛にかつれてゐた為めか、時々さういふ非常識な事を行[ルビ=や]る仁がゐるのはなげかはしき事である。
 僕の家で、林さんや牛原虚彦氏や画家の石川誠君夫妻、平山嬢と痛飲した事があつたが林さんは大変サンパテツクないゝ人だと思つた。》

林芙美子 巴里の恋
http://sumus.exblog.jp/16419173/

岡本太郎も登場していた。古美術商「宝の山」を訪ねたときのこと。

《或時、僕が、岡本一平氏の息太郎君と通りがゝりに此の宝の山へよつた事があるが、他にも二三人日本人がゐて、内藤氏が香水等を出して見せてゐると、太郎君が「この香水は何? ウビガンかい?」といつてきくと、内藤氏が「お前みたいな小僧が香水の事をきいて何にする。ソレ見ろ、まだ尻に黄色い卵の殻がついてゐるぢやないか」といつた。之はどう考へても先生が生徒にいふ言葉で(今の先生は言はぬかも知れない)商売人が客に云ふ言葉とは受けとれぬ。それを敢て云ふところに内藤宝の山の面目があるといへば云ひ得るのである。ーー巴里名物岡本老人とは実に犬猿もただならぬ間柄であるーーこの間に色々物語もあるが略してーー流石に巴里に古く住み、言葉も達者であるところから、仲々表裏百事に通じてゐる。》

太郎は十九歳になる少し前の昭和五年一月にパリに着いたそうだから、それからそう日が経っていない時期かもしれない。石黒は昭和八年までしかいなかったので、いずれにせよ、太郎が二十歳前後のことである。

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石黒のコレクションや交遊が図版で楽しめる『黒めがねの旦那石黒敬七展』図録(杉並区郷土博物館、二〇〇七年八月)。石黒が発行していた『巴里週報』はじっくり見てみたい。柏書房から復刻が出ているようだ(『 ライブラリー・日本人のフランス体験第1期』に収録)。

図録より石黒の著作の一部。『巴里雀』(一九三六年、鵜殿竜雄)、『旦那』(雄風館、一九三七年)、『三色眼鏡』(岡倉書房、一九五一年)、『旦那の遠めがね』(日本出版協同、一九五二年)、『旦那の珍談』(住吉書店、一九五六年)、『写された幕末』(アソカ書房、一九五七年〜)、これら以外にも多くの著作がある。
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巴里祭
http://sumus.exblog.jp/15943379/

巴里の横顔
http://sumus.exblog.jp/14004238/
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by sumus_co | 2012-02-03 21:05 | 古書日録
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