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世界文学社

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かなり前から金関寿夫「『世界文学』と京都リトル・ルネサンス 四条麩屋町下ル」(『図書新聞』連載、一九七八年)のコピーを某氏より頂戴していたのだが、整理がつかないままになっていた。やっとのことで、先日の作品社に続いて世界文学社の記録もアップしておきたいと重い腰を上げた。

この記事は世界文学社で編集者として働いた経験をもつ金関が『図書新聞」に四十回連載したもので、敗戦直後の京都の出版事情が大変よく分かる回想記となっている。金関は一九一八年二月、鳥取県松江市に生れ、旧制松江中学から同志社へ進み、一九四一年に文学部英文科を戦時繰り上げ卒業した。四二年より敗戦まで中国大陸で従軍した。敗戦後、世界文学社で二年ほど働いた後、同志社の助手〜専任講師〜助教授。大阪大学助教授、コロンビア大学留学、神戸大学助教授、イエール大学客員研究員、コロンビア学大客員教授、神戸大学教授、東京都立大学教授などを勤めた。一九九六年歿。上の写真は向かって左が金関、右が世界文学社の創業者・柴野方彦。

以下、金関の回想より柴野方彦と世界文学社の活動に関するものだけ年譜ふうに箇条書きにする。金関の記述に従っているが、いくつかの事柄を他の資料によって補った。

一九一三年
・柴野方彦生れる。三高から東大心理学科卒業。

一九三五年
・十二月、織田作之助らと同人雑誌『海風』を創刊する。

この頃
・戦前から戦中にかけて文藝春秋社で編集部にいた。
・湘南鵠沼に家を建てる。

一九四三年 
・入隊。丸亀連隊で金関寿夫といっしょになる。召集解除。京都下鴨の家に帰る。

一九四五年 
・八月、高槻の湯浅蓄電池にいて終戦を迎える。政府が募集していた北海道開拓農民になることを真剣に考えるが、経験がないため断られ、文芸雑誌を出すことを思いつく。
・路上で偶然、新村出に出会って雑誌のことを相談、誌名として『芸文』の提案を受ける。

一九四五年
・十月、旧友の織田作之助に協力を依頼。織田は松本に疎開していた宇野浩二に執筆依頼の手紙を書く。藤沢桓夫にも声をかけた。
・京大の仏文研究室で新村猛に会い、外国文学の雑誌を出す相談をする。伊吹武彦、清水光、吉川幸次郎、生島遼一、桑原武夫、大山定一、淀野隆三、吉村正一郎、深瀬基寛、管泰男、和田洋一等を訪問して協力を要請。
・寺町通錦上ルの錦ビルに世界文学社を設立。ビルの持主は酒井洋紙店の社長で、酒井は室を無償提供し用紙も都合してくれた。酒井は戦時中に岐阜で風船爆弾を製造していたが、文藝春秋の取材で訪れた柴野と知り合った。
・英語学習のための週刊紙『小国民新聞』を発行。十週ほどで終刊。湘南の自宅を売却して一部を『世界文学』創刊の資金とする。

一九四六年
・三月、『世界文学』創刊。顧問は伊吹武彦。編集実務は吉村忠夫が担当した。定価四円、三万部がすぐに売り切れたという。直後に麩屋町四条下るの二階建ての社屋へ移転。

世界文学社の二度目の社屋
http://sumus.exblog.jp/10972341

・夏か秋頃、文芸講話会「火の会」を新聞会館で開催。豊島与志雄、中島健蔵、草野心平、森田たま、佐藤敬、佐藤美子、巌谷大四、岸田国士らを東京から招き、伊吹武彦、織田作之助らが参加。「りんごの歌」を合唱。

一九四六年
・六月、金関寿夫が『世界文学』編集部に入る。
・織田作之助が編集部に毎日のように顔を見せ、二階でヒロポンを打ちながら仕事もした。

一九四六年
・七月、『世界文学』第三号に三好達治の紹介で山本沖子の詩三篇を掲載。

一九四六年
・十月、『世界文学』第六号にサルトル「水いらず」(伊吹武彦訳)掲載。初刷八万部、増刷して合計十八万部発行。

サルトル『水いらず・壁』
http://sumus.exblog.jp/12207198

一九四七年
・四月、岸田国士に頼まれ、白水社の雑誌『劇作』の発行(復刊一号、通巻一〇五号より)を引き受ける。編集責任は吉村忠夫。

一九四八年
・金関寿夫退社し『アメリカ文学』の編集を手伝う(翌年まで)。
・五月、雑誌『世界の子供』創刊。第二〇号に手塚治虫の漫画を掲載。

一九四九年
・『劇作』一一月号(二十七号)より編集部を東京へ移す。二十九号にて廃刊。
・暮頃、三島由紀夫のニセ者が世界文学社に現れる。

一九五〇年
・三月、『世界文学』終刊(第三十八号)。
 
一九五〇年
・八月、日配閉鎖。世界文学社への返品書籍は卸価で二八〇〇万円相当だった。

だいたいこんなところである。

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もう一冊必読なのが富士正晴『軽みの死者』(編集工房ノア、一九八五年三月三〇日)。「柴野方彦誄」という文章が収められており、特に晩年の柴野の様子がかなり分かる。富士が刊行した『白崎禮三詩集』(一九七二年)がきっかけとなって柴野から連絡があった。白崎は早逝した『海風』の同人である。

《[一九七二年]二月十一日「午後一時すぎ、柴野方彦来て、五時すぎ帰る。これまで二人で話したこともない気がするが、世界文学社のあったころ、柴野の下鴨の家でとまった気がする。柴野の女房は癌で大へん苦しんで死に、次男は横浜国大へ行っていたがピストルを強奪しようと派出所襲撃にゆき撃ち殺されて死んだ由。全く暗い話で何ともいい兼ねる。世界文学社にいた三高出身の吉村忠夫も土肥もとっくに死んでいるそうな。いろいろ自分から進んで喋って、柴野は気[ママ]嫌よく帰って行った。実業の[ママ]日本社の編集の下受[ママ]けしていて月に一回、田辺聖子と佐藤愛子の対談をマネージするために関西へ来るから、又寄せてもらうといった。》

柴野は二度と富士を訪ねることはなかったものの、頻繁に電話をかけてくるようになった。そして金関寿夫も登場する。

《[一九七九年]十月十一日、東京都立大学教授の金関寿夫という人から電話があり、世界文学社について一冊本を書くことになり、話を聞きたいから訪ねてもいいかということであった。》

柴野から富士に取材するように勧められたそうだ。金関が富士を訪問していた当日、一九七九年十月十四日、柴野方彦は鵠沼の自宅で急性心不全によって死亡していたことを青山光二からの葉書で知らされ愕然とする。富士は金関の訪問を受けた《次の次の日の夜》柴野に電話したが、呼び出し音が鳴るばかりだった。

《柴野は鵠沼の家で死んでいたのだ。それを日曜日に訪ねて来た息子と孫によって発見されたらしいのであった。死んだのは夜半であったのではあるまいか。見つけたのは多分午後ではあるまいか。すると、金関寿夫がわたしのところで柴野の話をしていたころにはすでに柴野はこの世からいなくなって、なきがらのみが残っていたことになる。》

《世界文学社の柴野については金関が、それよりもっと長期間にわたる柴野の青年時代より最期に至るまでの生涯は青山が書いてくれるであろう。わたしにとって柴野はやはり暗い闇を後ろにして立っていた白いあごひげの不思議な一個の男であったのだ。それだけか? それだけでも充足しているではないか、わがこころの中に。哀れなる哉、一個の男。それが男だ。》

金関は『図書新聞』連載を加筆して単行本にまとめる計画を抱いていたことが分かるが、それは成就しなかった。青山光二も柴野については何も書き残してはいないだろう(?)。結局、出版人は出版した本だけが証となって残る。それでいい。

関西の出版社 世界文学社
http://westedit.exblog.jp/10730398
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by sumus_co | 2011-08-10 21:45 | 古書日録
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