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ハイデガー、ヘルダーリンを読む

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『現代思想』第二十七巻第六号(青土社、一九九九年五月一五日、装幀=工藤強勝)総特集・ハイデガーの思想。

本日は小生誕生日にて四条烏丸下車、新町通仏光寺下ルの味禅(これまで何度も紹介してきた)にて美味なる蕎麦を食した。その後、ありの文庫をのぞく。しばらくぶりなので棚の本はかなり変っていて楽しめた。あまり他人に教えたくないくらい、いい本屋である。ふと見るとこのハイデガー特集がある。ちょうどハイデガーの参考書を探していたのだ。

というのは先の個展のときに某氏よりハイデガーがヘルダーリンの詩編を朗読した音源を頂戴していたからだ。ドイツ方面にはからきし弱いため、ハイデガーについては『存在と時間』挫折組であり、ヘルダーリンにいたっては名前くらいしか知らないのであるけれども、音源を聴きながら絵筆を動かしているとこの単調さが何とも言えずいい感じに「手」に響いてくるのである。もちろん何をしゃべっているのかは全く分からないのだが。

ジャック・デリダの「ハイデガーの手(ゲシュレヒトII)」という小粋な論考(講演記録)が収められている。その冒頭にハイデガーとアルトーの手についての文章が引かれている。これだけでお洒落じゃないか。

《……振る舞う(handeln)ということが存在の本質に手(Hand)を貸すことを意味するのなら、思考することはそのもっとも固有なものにおける振る舞うことである。》(ハイデガー『諸々の問い』第四卷)

《このカンヴァスに描かれた絵において大変美しく、非常に貴重なもの、それは手だ。特殊な構造をもつ、歪みのない手であって、それは火の舌[=灼熱の原語]langue de feu のごとく語りかけるようだ。》(アルトー「マリア・イスキエルドの絵」)

デリダの注意はハイデガーが繰り返し考察したヘルダーリンの『ムネーモシュネー』の有名な詩節にある「怪物」という単語に注がれる。そしてドイツ語の Zeichen が monstre と仏訳されている意味を多重に解釈し(こじつけくさい、「警戒させるために示すもの la monstre」と「怪物 le monstre」、単語の性が変ることで意味も変るが、語源は同じだという)、こうまとめる。

《われわれは記号であるーー示し、警告し、合図をおくるが、本当は無へと合図をおくる記号、隔たっている記号、記号に対する隔たりのうちにある記号であり、表示 la monstre ないしは表示作用 monstration からみずからを隔たらせる表示、すなわち、なにものも示すことのない怪物なのである。》

要するに存在の可能性の問題か? 最後の方もダジャレ連発で決めてくれるが、それはギリシャ語ドイツ語フランス語が入り乱れて紹介するにはあまりにもうっとうしいのでやめておく。意味不明の朗読を聴くことの意味の解釈にとって都合のいいところだけ切り取る。

《ハイデガーの言説に同時的に働きかけている付随的あるいは周縁的モチーフがどのようなものであれ、ロゴス中心主義と音声中心主義こそが彼の極めて持続的なある種の言説を支配している》

ロゴス中心主義と音声中心主義とは要するに「彼らが原語を作るのではなく、原語が彼らを作るのだ」ということで、発語している内容や意味など解らなくてもいいが、このハイデガーの音声こそがハイデガーを作っているということはハイデガー自身が太鼓判を押してくれているようだ。 それが本当にゲルマンのゲシュレヒトなのかどうかは知らないが。You Tube でヘルダーリンの讃歌「ライン」の朗読が聴ける。

Heidegger reads Hölderlin
http://www.youtube.com/watch?v=mN-H5aFS35Y

ハイデガーはヘルダーリンについての講義を一九三四年冬、四一年冬、四二年夏と三度行った。大学人としてのナチスへの期待(あるいは取引)が当て外れとなった時期である。モダニストだったはずの小林秀雄が実朝や古事記を読むのと同じような(比較しては叱られるかもしれないが)心境だったのかもしれない。

ところでこの『現代思想』は安かった。線引きがあちこちにあるのだ。レジで女性店主が「すみません、これ線引きが鉛筆だけやなくてマーカーでもあちこち入ってるんですけど、いいですか。私が昔使ってたんです」と言うので驚いた。驚いては失礼だったかもしれないが、帰ってよく見て行くと、たしかにけっこうキツい線引きだった。勉強家だったんだねえ。

 消しきれぬ七とせ八たび蝉しぐれ
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by sumus_co | 2011-07-26 21:26 | 古書日録
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