林蘊蓄斎の文画な日々
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尾崎翠と野溝七生子

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寺田操『尾崎翠と野溝七生子』(叢書レスプリ・ヌウボオ21、白地社、二〇一一年五月一〇日)を頂戴した。この叢書がなかなかなのだ。安原顯『『編集者』の仕事』、後藤明生『小説は何処から来たか』、橋爪伸也『海遊都市』、鈴木貞美『モダン都市の表現』……そして内堀弘『ボン書店の幻』。白地社は京都の二条通川端東入ルにある。架蔵の『ボン書店の幻』はそこまで出かけて買った。上は本書口絵の山下陽子「掌中のかなた VI」。

寺田女史は拙作個展によく顔をみせてくださる。昨年の神戸では本の置場所についてそのご苦労をお聞きして相づちを打ったり、モダニズムへの執着についておうかがいした。こちらも好きだから「モダニズム」っていうと「モダニズム」っていう、こだまでしょうか、いいえ、誰でも……てな会話だったかも(?)。本書もそんな一九二〇、三〇年代を女性作家二人を軸にして欧米との共時性も視野に入れながら論じておられ、いろいろと教えられることの多い一冊。

例えば関東大震災後まもない東京で書かれた野溝七生子の処女作「山梔」についての印象的な分析。

《震災体験を素材とした訳でも壊滅した都市の復興機運のなかで試みられた言語実験でもない。とはいえ震災は何かが終わり、何かがはじまろうとする体験である。名づけがたい体験が野溝七生子の内部で渦巻き、無意識のことばとして紡がれていたであろう。新しい時間の流れ、その座標軸の中に身をゆだねるまでには時間が必要である。中断され停止された繭のような時間の中にこもる。そこで自分を癒すために、あるいは自己浄化のために小説は書かれるのだ。》

野溝七生子は鎌田敬止と一九三四年ころから同居していた。鎌田は《一九三九年、八雲書林を設立し白秋『夢殿』などの歌集をてがけ、戦時中は青磁社と統合して編集長。戦後に入り一九四九年に白玉書房を設立。寺山修司、岸上大作、塚本邦雄、岡井隆、葛原妙子など綺羅星のごとく新鋭の歌集が刊行された。ちなみに野溝の『女獣心理』は、一九四〇年(昭和十五)、八雲書林からの出版である》という。青磁社についてはこれまでも触れたことがあるので注目。

最後に野溝への共感が少女時代の体験に重ねられている部分にも引き込まれた。

《私ごとで恐縮だが、体は弱いし勉強もできないし友達も少ない。世界の片隅で膝を抱えて座っていた子供時代の私にとって、カーテンがひかれた観音開のクラシックな父の本棚からお好みの本を探すのは、「山梔」の少女同様に悪戯めいた楽しみだった。書物の奥には深い穴があり、手を入れると、ひきずりこまれるのではないかと怖れながらも美しさに震えた。》

《書物は禁断の匂いがした。禁断の匂いがしない本は書物とは呼びたくはなかった。幼い弟や妹とは、もう遊べない。弟は砂場で子犬と転げまわっている。妹は乳母車にのせられて母と買物にでかけている。私は金木犀の香りが漂う縁側の隅に置かれた机に向かって物語世界に没頭する。誰もここには入ってきてはならない。子供のサンクチュアリだから。本を読めば学校も家族も友達もすべて消えてしまった。寒い場所なのに、あかあかと暖炉の火がこころを温めてくれた。なによりも、ここまでは、誰も追いかけては、こなかったのだから。》

読書亡羊どころか《すべて消えてしまった》……とは子供に本なんか読ましてはいかん、あ、いや、かけがえのない体験であったろう。書物の魔力である。
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by sumus_co | 2011-06-21 21:20 | おすすめ本棚
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