林蘊蓄斎の文画な日々
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本の背中

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『日本古書通信』982号のある記事の中に、西洋でも昔は本は平に置かれていたが製本術の向上が本を直立させたという意味のことが述べられていた。上の図はイタリアの画家グエルチーノ(Guercino)「弁護士の肖像」。十七世紀の初め頃に描かれたということだが、たしかに本は平たく置かれている。肖像主(フランチェスコ・リゲッティと推定される)の持っている一冊からすると天に書名が記されたようである。

ただしそれは製本術の発達とはあまり関係はないようだ。フェーブル、マルタン『書物の出現』(筑摩書房、一九八五年)にはこう分析されている。

《豪華本の装丁が、一六世紀中葉、次いで一八世紀と飛躍的発展を遂げたのに対し、一般の本はきちんと保存できるよう丈夫に製本されているだけで、表紙には何の装飾も施されていなかったのである。ただし書棚に並べた時丸見えになる背表紙(この時代になると書物はスペースを節約するため、平積みではなく、ぎっしりと縦に並べられるようになる)だけは革装となり、小さな押型でちょっとした模様がつけられ、タイトルが箔押しされている。》

本が直立するようになったのは本の数が多くなりスペースを節約する必要に迫られたのが原因だった。

次の図は十五世紀にローマのサント・スピリト病院の壁画に描かれた法王シクトゥス四世の生涯より、ヴァチカン図書館にレオノーラ・デ・アラゴンを迎えた場面。立派な装幀の本が書見台にずらりと並んでいる。ペトロスキー『本棚の歴史』(白水社、二〇〇四年)によればこれらの本はすべて鎖で書見台に繋がれて保存されていたという(この絵では画家が省略したのだと著者はみなしている)。かのヴァチカン図書館でさえ平置きで十分間に合った時代である。

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次はJUVENALIS『Argumenta Satyrarum Invenalis Mancinellum. Cum quatuor commentariis』(Johannes Tacuinus de Tridino, 1498)の挿絵、部分。奥の壁に書棚が開いている。けっこういいかげんな並べ方だ。書棚というか戸棚に書物を平たく保存するということでは、現存最古の完全なラテン語聖書写本(コデクス・アミタティーナス)の口絵「聖書を転写するカシオドールス」(七〜八世紀、イギリス)にすでに描かれているので、洋の東西を問わず本を平たく置いておく時代の方がずっと長く続いたのは間違いないようだ。十六世紀頃からだんだんと縦置きにするようになり、十八世紀頃にはだいたい縦置きが普通になった。

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現在の装幀あるいはブックデザインにおいては背が重視される。言うまでもなく書棚に本の背だけを露出して並べるのが通例だからだが、じつはかつては背ではなく小口を手前にして並べていた(グエルチーノの絵もそうだが)。『本棚の歴史』から十六世紀後半のヘレフォード聖堂のブック・プレス(本箱)の写真を引用する。鎖で繋がれ,小口が前面になるように置かれている。

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同じような例がピーター・ブリューゲルの銅版画「マリアの昇天」(一五七四)にも見える。暖炉の上に置かれた本は留め紐が手前になっているではないか。図書館だけの置き方ではなかったようだ。しかも一冊は小口を上に(背を下に)もたせてある(?)。背は重視されていなかった。

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もうひとつ面白いのは、長澤規矩也『古書のはなし』(冨山房、一九七九年版)にこう書かれていること。宋代は十世紀〜十三世紀。

《胡蝶装は、シナでは、宋代装訂法の代表的なものといってよいが、何分にも遠い昔のことであるし、当時のまま伝わっているものは、ほとんどないといってよろしい。胡蝶装本の常として、表紙は厚手の用紙又は裏張りを加えたものが多い、そこで、当時、書物は下小口ーー書物の下方の紙の切り口ーーを手前に、背を上方にして、架上に立てた場合が多かったのではないかという推定が、北平図書館旧蔵(台湾故宮博物院現存)の宋刊本冊府元亀などの小口書きーー下小口に書かれた、見出し用の書名ーーが、背の方から、左小口に向けて施されているので想像される。》

これまた最初の絵、グエルチーノ「弁護士の肖像」を連想させる推測である。ま、本は好きなように置きなさいということです。
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by sumus_co | 2011-05-23 22:00 | 古書日録
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