林蘊蓄斎の文画な日々
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ともしびの歌

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臼井喜之介『ともしびの詩』(ウスヰ書房、一九四一年二月五日、装幀=天野隆一)を某氏がお譲りくださるという。架蔵のものは水濡れがひどくて、カビのあとが黒々としているため有難く頂戴することにした。ところが本日到着したものを見てびっくり。異版であった。これは貴重な。臼井喜之介は詩人であり、京大前でウスヰ書房(のち臼井書房)を戦前から戦後にかけて経営していた(現在は白川書院として受け継がれている)。

奥付は昭和十六年となってはいるが、地券表紙(セミハード)でたよりなく、本文用紙は茶っぽく変色している。奥見返しに《昭和十九年七月/興亜専門学校/木口義博》と書入れがあるからそれ以前の発行はほぼ間違いないが、十六年とは思いにくい。なお「興亜専門学校」は昭和十六年に設立され、戦後は日本経済専門学校を経て亜細亜大学となっている。

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こちらが架蔵本。表紙4側はもっと傷みがひどい(ただし以前紹介したような気がするが、中市弘宛献呈本、著者署名入りというところがミソ)。しっかりしたハードカバー、本文紙もクリーム色の上質紙で変色も少ないようだ。昭和十六年刊行ということでは、これが本来の初版の姿だろう。奥付の印刷所を見るとこちらは「真美印刷所」で上記の「からふね屋印刷所」とは違っているのが分かる。ごく一部の文字を削っている外、本文の変更はほとんどないように思う。おそらく再版の表示を省略したのは誤りではなく、何らかの目的があったのではないだろうか。それが何なのかは分からないが。詩編の末に配された一篇を全文紹介する。

   にぎりずし

きのふの晩がたやつたが なんだかひとりで 切なうなつて
しよんぼりと ラヂオの音楽をきいてゐたら
親父が訪ねてきて
ぼくの好きな まぐろのにぎり寿司をもつてきてくれ 晩の演芸で浪花節が
 あるさかい 聴いてから帰へる と
自分もにぎりずしをつまみ ぼくにもすすめてくれた
浪花節の時間はちようど 第二放送でバツハの名曲があるので そのほうが
 聴きたかつたが
遠いところをわざわざ寿司もつて来てくれ
うちにもあるラヂオを ここまで ききにきてくれる親父だと思ふと
ぼくは 胸がいつぱいになつて スヰツチをきりかへてた
浪花節は出征勇士の美談のやうなもので
この間は弟を戦争に送り ぼくもまた 近いうちに 征かねばならぬ運命に
 あるのを
親父は なんとか 考へてゐることであらうが
このにぎりはわさびがきついなあと ぼくは知らんふりをして目頭をあつく
 し
親父も ええわさびやさかい とあつい茶ばかり 啜つてゐる
ぼくが 本屋のしごとを始めてここまでくるまで
親父にもいろいろ心配をかけたが
かうして黙つて ラヂオをきいてる様子は
すつかり 運命に まかせきつたものの姿であるので
ぼくも切なくて むちやくちやに寿司を食べた

あゝ
あれはきのふの晩がたやつたなあ
こんやもラヂオの前に坐つてゐながら
髪うすい親父の頭が ちかちかと ぼくの胸のうちに
火を ともしてゐる
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by sumus_co | 2011-04-13 20:55 | 古書日録
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