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ストイケイオン 彷書月刊

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『ストイケイオン』XVI(二〇〇二年一一月二〇日)、XVII(二〇〇四年四月一日、装幀=渡辺逸郎)、XVIII号(二〇〇五年七月一日、装幀=渡辺逸郎)。先の帰郷のときに納屋から捜し出してきた二冊とその後某氏より恵投いただいた一冊。発行はなないろ文庫ふしぎ堂、編集は星谷章・田村治芳。ストイケイオンはギリシャ語、意味は「a small upright post, or the shadow II. a first beginning, first principle or element: a simple sound of the voice, as the first element of languge……」(GREEK-ENGLISH LEXICON LIDELL AND SCOTT, OXFORD, 1966)。

田村さんは「倉尾勉とわたし」という連載をXVI号より開始しており、第一回目が「記憶の中の倉尾と記録の中の倉尾」、第二回が「むらたかんじ伝」、第三回が「榛葉繁さん」。

「記憶の中の倉尾と記録の中の倉尾」には倉尾氏の回想記と田村さんの日記が登場する。倉尾氏は十七歳の田村さんをこういうふうに見ていた。《この土地》は和歌山県のこと。田辺高校時代。

《やがて、Tの家へいった。教師というその親のこと、Tの家の構えから、Tは中産階級、それも、この土地の人間でないということも、ぼくは知った。Tはまた、ごくひかえめに静かにしゃべっていた。ぼくは荒いことばでしかえすことを、田舎に近い山の中で育ったぼくにはTの家がうらやましかった。》

《Tはちゃんとした営みをその中にもって、ぼくとちがって、孤独ではあったが、陽気な孤独という、おたがいを知ることから、ぼくはTのことをはじめて得ることのできた友人と思うようになった。》

《反面、インテリじみた、顔ざしを、青いんだと、自分でも言っていた。そして、やせた肉を、ぼくは、Tの特性として目にやきつけ、いつまでも忘れなかった。》

一九六九年四月、二人は上京して、倉尾氏は国学院大学に、田村さんは美学校へ入学する(ペン画教場)。田村さんの当時の日記から。

《朝起きるとおどろいた。倉尾から電話があって会いたいという。十一時に氷川神社でまちあわせ、で、天井桟敷でいっぱいのんで、それからシナノ町で黒田三郎についての現代詩のサロンがあるというのでいく。荒川洋治の主催でたいしたことはなかったのである。MURという雑誌もらってきたがこれも大した事なし。》(四月二十日)

《おそらく、ふらちにも荒川洋治さんとタメをはろうとしていた》との解説がある。《天井桟敷でいっぱいのんで》はコーヒー? 氷川神社は各地にあるが、先日紹介したばかりの並木橋の天井桟敷に近いとすれば、これは渋谷区東二丁目の氷川神社だろう。一九六九年で時期もぴったり。さらに五月二十九日、

《高田馬場のラビアンローズにきてくれというのでいったら田中なにがし(本名……一郎)という人の詩集「栗あけび」の出版記念会で、人数は荒川君ヤスダさん倉尾本人それに手ツカオサム君とかで五人よせがきなどした》《荒川さんの家へ行って倉尾と三人で夜があけるまで話をしたのである。これも少し長くなるのではしょる。彼のアパートは四じょう半である。》

四畳半の青春だ! そして田村さんは倉尾、山野真悟、F、の四人で九月創刊をめざして『世紀』という同人雑誌を始めることになる。

倉尾勉詩集など
http://sumus.exblog.jp/14954516/

「むらたかんじ伝」は『少女原写真』のモデルとなった村田幹司について書かれている。同人雑誌『世紀』の印刷を第ニ号目から引き受けていた印刷屋「青々社」の主人。七号目からは田村さんたちが村田氏より菅沼式タイプライターをゆずってもらい自分たちで印刷をするようになった。

《新宿西口にあったタイプの活字屋さんも教えてくれた。盤面にない活字は、そこに買いに行くのだ。一本づつ売ってくれた。その活字屋さんの入口には、もう古くなって捨てる活字がバケツにほうりこまれていた。なんだか変な気がした。》

活字は捨てるのではなくて溶かして鋳造し直すのではないだろうか。その村田氏が一九七二年に発病し入院、六十歳で亡くなる。《わたしは、村田さんをめぐる物語をつくった。「少女原写真」という題名の、しかし、何というかたくるしい文章だろうね》。かたくるしいというか真摯な文章だ。

『少女原写真』
http://sumus.exblog.jp/14684153/

この青春記に続いて後日談がある。平成十一年、知人に頼まれて遺品の蔵書を整理して市場に出した。その中に『村田幹司君追憶の綴り』(一九七三年四月一七日)という本を見つけるのである。それによれば村田は大正元年愛知県生れ、静岡高校を経て東北帝国大学法文学学部へ入学し、昭和十二年に満州国官吏採用試験に合格。大同学院八期生となり卒業、内務局地方処勤務の後十三年に徴兵され陸軍主計少尉、漢口兵站病院入院、十七年召集解除、帰国。結婚後、再渡満。終戦まで官吏として勤める。終戦とともに愛知県に引揚げ、二十四年に上京、二十九年離婚、各種事業を画策した後、謄写活版印刷業を自営した。《そして、一人になった村田幹司さん、青々社主人に、あたしたちは出会った》ということである。

倉尾勉の詩「跡部屋」より後半部分。

 あなたの手もとから旅立った
 活字の波小冊子の数々
 もはや向かうことない
 タイプライターだけ残った
 あなたの仕事場
 あなたの境涯を埋めた愛
 そのついえなく見守っていた
 すがる孤老の年数が
 満たされた
 苦い時間を耐える男となる
 踏みならされたあなたの超越
 その飛躍を記した
 朝の眠りを妨げられず
 断裁した紙の切れ間へと響く
 訪れた足音を死んだ

田村さんはこう書く。《ひとが死んで、その人の墓をたてるように倉尾も村田さんの詩をつくったのだな。そして、その後、倉尾勉は村田さんの形態とは異なるけれど、印刷を業とするようになった。》……そして田村さんは『彷書月刊』の発行人となった。

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『彷書月刊』創刊号(一九八五年九月二五日)〜通巻第六号(一九八六年二月二五日)。題字はいずれも北川太一、表紙レイアウト・カットは渡辺逸郎。
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by sumus_co | 2011-03-29 21:34 | 古書日録
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