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北游日乗

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佐佐木信綱『明治文学の片影』(中央公論社、一九三四年一〇月二五日)に出ている「奉天に於ける森林太郎博士」。《清国留都にありし時予は此の如き廟の裡に起臥したりき》と記されている。留都は奉天の古名。明治二十七年か八年だろうか。星三つはいちばん偉い方の位じゃなかろうか(軍装には詳しくないけど)。

解説によれば佐佐木信綱が出征に際して鴎外に贈った歌学全書本の万葉集がここに写っているそうだ。餞別は何がいいかと佐佐木が尋ねたところ、こう鴎外は答えたという。

《万葉集の活版本の素本を、とのことであつた。さて言はれるには、戦地で読むには、小説の類はよくない。いつも一気呵成に読んでしまふ習ひなので、用事の起つた際にこまる。かつ二度三度繰返して読むといふやうな小説はまづ無い。それに反して、歌の集は一首一首で完結してゐるから、いつ読み止めてもよい。また万葉のごときは、何回繰返して読んでもよいからとのことであつた。》

佐々木弘綱・佐佐木信綱編『日本歌学全書』(博文館)の万葉集は第九編〜十一編の三冊で博文館から明治二十三〜四年に刊行されている。

ちょっと鴎外について書く必要があって(むろんたいした内容ではないが)、たまたま『鴎外選集』第二十一巻日記(岩波書店、一九八〇年)を読んでいたら、残っているうちで最も古い日記「北游日乗」(明治十五〜十六年)に新潟の記事が出ていた。鴎外は明治十四年十二月に陸軍軍医副(中尉相当)になり、東京陸軍病院に勤務したということだから、この出張は初仕事(?)だったろうか。二月十七日(文久二年一月十九日)生れなので二十歳になったばかり。

小堀桂一郎の解説によれば半紙三十六枚に浄書された稿本。存在は知られていたが現物は昭和四十八年の暮に発見された。手蹟は鴎外のものではなく「独逸日記」同様に浄書者が別にいたようである。おそらく他日作品として発表する意図があったのだろうとのこと。旅程が興味深いので要点だけ引用する(引用文はママ、句読点なし)。追分の油屋旅館に泊っている。「新斥」は「ニイガタ」。

明治十五年
二月十三日 官事にて北越へ往かむとて 小網町三丁目なる河内屋にて券を買ひ新大橋より通運丸といふ舟に乗る
二月十四日 古河に着きしは午前五時なりき 栃木万町なる川辺屋に着きたるは午後二時なりき
二月十八日 栃木を立つこの日陰暦の元旦なり
二月十九日 太田を立つ 夕暮に前橋本町なる白井といふ家に着きぬ
二月二十三日 前橋を立ちて 安中の駅なる山田屋といふ家に宿りぬ
二月二十四日 山を下れば軽井沢なり 追分に至りて油屋に宿りぬ
二月二十五日 浅間山の麓を遶る 上田に着きぬ
三月一日 雪ふる牟礼なる亀屋にやどりぬ
三月三日 高田に着きて三友館に宿る
三月九日 柏崎大町なる岩戸屋に宿りぬ
三月十一日 長岡に着きぬ
三月十五日 信濃川を下りて新斥に着きぬ豊丸といふ汽船なりしがいたく破れ損じたるさま危げなりき
三月十七日 新発田に着きぬ
三月二十日 夜に入りて新斥に着く この夜古町なる角屋に宿りぬ淹滞すること三日新斥歌を作る

 楊柳影鎖万家楼 絃歌到曉尚未休
 繁華五港是其一 不怪人説小楊州
 倚門妓女玉為骨 京様粧成高結髪
 別有十三可憐生 羞顔当筵紅暈発
 君不見七十二橋月明多 八千八水湧金波
 少壮幾時須行楽 今夜倚楼又聴歌

……というような感じである。この漢詩は新潟の繁栄ぶりをよく伝えているように思う。

ついでに最近目にした古書目録に出ていた鴎外の書(軸物)に捺されている印ふたつを紹介しておく。

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これは「獅子游戯」だろうか? 
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by sumus_co | 2011-02-02 21:47 | 古書日録
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