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方寸虚実

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石塚友二『方寸虚実』(三興書林、一九四七年九月一五日)。石塚については九月にちょっと触れた
http://sumus.exblog.jp/13939586)。これは某氏より頂戴した一冊。うれしい到来ものである。戦後の再版本。元版は甲鳥書林から一九四一年二月一〇日に刊行されており、横光利一の序文がある。初版から百句弱が省かれているようだ。

見返しに書名と宛名がある。《三汀先生 友二》、久米正雄宛。昭和二十年、鎌倉文庫に入社しているので、その縁だろうか。石塚友二について以前書いた文章があるので引用する。

  *

  石塚友二は本名友次、明治三十九年九月二十日、新潟県北蒲原郡笹岡村の農家に生まれた。大正十三年に上京し横浜の濾水器工場に勤めたが、仕事に馴染めず、思い立って菊池寛の私邸を突然訪ねた。運良く菊池寛に会えたものの、就職の斡旋は容易にしてもらえず、三度目に訪れたとき菊地の書生だった那珂孝平に東京堂を紹介してもらった。東京堂は当時、雑誌書籍の取次のなかでは最大手だった。関東大震災後の人手不足もあって即日採用された。
 その後、那珂は菊地寛から離反して横光利一の家に住み込んだ。そこへ友二は訪ねて行き、橋本英吉、大鹿卓、中山義秀、菊岡久利ら横光を取り巻く文学青年の一人となった。後には横光を囲む句会「十日会」の幹事となった。しかし横光に自分の原稿を見てもらう気にはなかなかなれなかった。昭和二年に社内の俳句会に誘われて出席すると、早速『東京堂月報』に一句取り上げられた。長谷川零余子の「枯野」の句会でも二句が選に入って得意になった。折から円本ブームが起こり、てんてこ舞いの東京堂だったが、残業手当は出なかった。
 昭和六年、友二の小説「冬」が『新早稲田文学』に掲載された。九月、満州事変勃発。友二は保高徳蔵の家に出入りするようになり、七年二月頃、七年半勤めた東京堂を退職した。ほぼ同時に創刊された保高の雑誌『文学クオタリイ』に参加した。しかしそれは二輯で頓挫した。友二はやはり東京堂出身の岩本和三郎から声をかけられて書物展望社に嘱託として住み込んだ。手始めに横光利一の『雅歌』を刊行し、横光の意向で随筆雑誌『文体』を文体社の名前で創刊した。昭和十年になって友二は書物展望社を去り、横光の命名になる出版社、沙羅書店を興した。横光は『日輪』私家版、随筆集『覚書』の刊行を許して門出を祝った。水原秋桜子『葛飾』決定版を発行した機縁から「馬酔木」の新人石田波郷と知り合い、終生の友となった。石田波郷は昭和十二年に俳誌『鶴』を誕生させ、友二に編集発行を依頼した。断りきれずに鶴発行所の看板をかかげた。
 友二は出版業を成功させて文筆に専念するつもりだったが、三年経って重版にこぎつけたのは十六歳で夭折した少女山川弥千枝『薔薇は生きてる』だけだった。印刷所に借金が溜まり倒産同然の状態が続いた。この頃、友二は俳句で初めて原稿料を手にした。小説を書く気持で俳句を作った。

  金借るべう汗しまわりし身のつかれ

 昭和十四年、友二は甲鳥書林の嘱託となる。『薔薇は生きてる』を復刊させて手土産とした。十五年、石橋貞吉の『俳句研究』に力作を多数発表し生活俳句の第一人者と認められるようになった。処女句集『百萬』(三省堂)を刊行。さらに翌年には句集『方寸虚実』(甲鳥書林)を、十七年には『文学界』に小説「松風」を発表し芥川賞候補となった。翌年早々には池谷信三郎賞の受賞と創作集『松風』(小山書店)刊行が続き、ようやく友二の文学が認められた。横光の弟子の一人寺崎浩の従妹との結婚も重なった。三十五歳の春だった。
 友二が還暦を迎えたのは昭和四十一年である。

  わが星の六十年の春なれや

 とりたてて祝いということはしなかった。『鶴』の鍛錬句会「四の会」に参加した者たちが中心となり、『光塵』(一橋書房、昭和二十九年)以来整理されていなかった友二の俳句を集めて一冊にまとめた。書名は友二自身が付けるように求められ「曠日」(長い日々を費やしてもちこたえる、あるいは、無駄に日々を過して久しきにわたる、の意味)と命じた。

  横光忌齢の足袋も幾重ね
  秋澄めば雨過山房や黐(もち)の風

 雨過山房は犬養健命名による横光邸の雅名。四十九歳で世を去った師横光利一を偲びつつ「愚昧なる弟子はその間も花らしい花を咲かせることなく、漫然と生きて来た」と振り返る。
  
  耳底に母の石臼霜めく夜

 知友たちの友情によって仕上がった『曠日』を読み終わった友二はこう呟いた。
「たったこれだけのことでしかなかったのか」
 昭和六十年の暮、友二は大船共済病院へ入院した。肺がんの末期だった。翌年二月八日歿。七十九歳。十日の告別式は雪となった。

  * * *

四日に行なわれた『彷書月刊』の謝恩会はとてもいい会だったようだ。七十数名が集まり、田村さんも短時間だが参加されたという。ある方から会の様子を撮った写真をメールで頂戴した。当夜の雰囲気が伝わってくるようだった。
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by sumus_co | 2010-12-06 21:00 | 古書日録
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