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寿岳文章 人と仕事

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西向日コミュニティセンター(阪急西向日駅下車スグ)で甲南大学文学部教授中島俊郎先生による「寿岳文章 人と仕事」という講演会を拝聴した。主催は京都府向日市西向日の住民らでつくる「西向日の桜並木と景観を守る会」(片岡長久代表)。

寿岳文章については『書物とともに』(冨山房百科文庫、一九八〇年三月二七日)くらいしか読んでいないが、それも大昔のことでまったく忘れていた。本日の中島先生のお話で面白かったのは、晩年、向日庵(こうじつあん、時に「むこうあん」ということもあったとか)を中島青年が訪ねたときに、使っている食器類をどれでも持ってかえっていいよと言われたにもかかわらず、無欲な中島青年は岩波文庫一冊もらっただけだったというくだり。じつのところ寿岳一家が使っていた器は、結婚祝いとして、浜田庄司や河井寛次郎らが荷車いっぱい自作をプレゼントしてくれたものだった。今ならいくらになることやら。

もうひとつ、谷崎潤一郎『春琴抄』(創元社、一九三三年)の造本を寿岳文章がこきおろしたことがあった。それをうけて反省した(?)谷崎は翌昭和九年に『新版春琴抄』を和紙の中綴じ本という形で再刊しているという話。どこかで読んだ覚えがあったが、思い出した。

じつは『書影でたどる関西の出版100』に熊田氏が『倚松庵随筆』(創元社、一九三二年)を取り上げてそれら二つの版の書影をかかげておられるのだ。上の写真で上段が『倚松庵随筆』、中段が『春琴抄』、下段が『新版春琴抄』。

寿岳は『書物とともに』に収録されている「作家と装幀」(初出一九三四年六月『新潮』、谷崎の『新版春琴抄』は同年一二月二〇日発行)で『春琴抄』の造本の拙劣さと悪趣味をほしいままに糾弾している。

《『春琴抄』の装幀のどこがいけないか。どこもみないけないのである。》

《私はただ一回、しかも書物をいつくしむ平素の習慣から、きわめて鄭重に繙読したばかりであるが、すでに漆塗りの角々は剥がれてボール紙の生地が醜くはみ出し、金蒔絵の金はところどころ剥落してしまった。見返しのもみ紙と、けばけばしい中国趣味の副題扉とのどうにもならない不調和。さらにそれに続く本文の、しらじらしたきわめて脆弱なコトン紙。本文には全部罫線を引き読みづらいまでに多くの変体仮名を使うほど回顧的な趣味を谷崎氏が愛しているならば、なにゆえに氏は、かかる児戯に類した表面だけの摸倣をやめ、もっと真率に、もっと正しく、和書のよき伝統を如実に再現しなかったのであろうか。》

《しかもこの金蒔絵黒漆塗表紙本を包むために、ボール紙にシデ紐を通した外函を用いたことに至っては言語同断である。》

いちおう断っておけば、寿岳は文学としての『春琴抄』は評価したうえで、あまりにひどい造本だと怒っているわけである。装幀・造本は谷崎自身が手がけたというふれこみなので、ちょっと谷崎も青くなった、かもしれない(分かりません)。漆がそんなにボロボロ剥げるはずがないのだが? 芯ボール紙が良くなかったのか、だいたい芯に紙を使うのはどうなのか、木の板だろうと思うのだが、やはり予算の問題だろうか。これは出版社の責任でもある。

ただ、このミスマッチを評価する人も少なくない。上記の熊田氏はこう書いておられる。

《黒漆(朱漆のものも刊行された)に金泥文字の本体表紙と、板紙(馬糞紙と通称される)のチープな函の組み合わせが意表をつく》

《意表をつく》という表現がなかなか微妙だ。たしかに意表をつく。小生自身は古本市でボロボロになったのを一度見かけたくらい。復刻版は手にとったが買おうという気持ちにはなれなかった。寿岳の論評が必ずしもすべて正しいとは思わないが、正論ではある。ただ、ゲテモノ(イカモノ=如何物?)装幀ということでは『春琴抄』は目を惹く作品には違いない。佐野繁次郎の『時計』(創元社、一九三四年)も同様だ。どちらも創元社、相当ツッパッていたな。
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by sumus_co | 2010-10-16 20:37 | 古書日録
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