林蘊蓄斎の文画な日々
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文科 創刊号

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『文科』創刊号(中村勝哉、東京都文京区森川町一〇三大和荘、一九五九年一月一日)。小野二郎と中村勝哉が発行していた同人雑誌(第二号、同年十月発行まで確認できる)。同人は下記の通り。

 小野二郎
 金井 勲
 助川徳是
 滝 悌三
 中村勝哉
 吉田凞生
 吉田正和

吉田凞生(よしだ ひろお)は日本文学研究者、滝悌三は日経新聞の美術記者、助川徳是は日本文学研究者で、吉田正和も文学研究者……と検索してみたが、金井は不明。創刊号に執筆しているのは吉田、小野、金井、助川、吉田で、小野の「荷風とボオドレエル」以外はいずれも小説。

小野のエッセイは荷風『珊瑚集』に収められているボオドレエルの訳詩「暗黒」の批判(とくに誤訳の指摘)を通しての荷風解釈がテーマ。

《荷風はやはりこの詩から、「詩人の特権」を彼流に理解しているのである。私はこの点に荷風とボオドレエルとの関係の最も重要な最も激しい部分をみるのだ。》

小野の引用している原詩「Obsession」の最後の連。

 Mais les ténèbres sont elles-mêmes des toiles
 Ici vivent, jaillissant de mon oeil par milliers,
 Des êtres disparus aux regards familiers.

永井荷風の訳詩。題はともに「暗黒」

 闇の面は絵なりけり、
 逝きしもの皆そこに踊り出で、
 昔見馴れし形して生きながらふ。(初出、読売新聞)

 暗黒の其の面こそは絵絹なりけれ。
 亡びたるものども皆覚えある形して
 わが眼より数知れず踊りて出づれば。(籾山書店版)

参考までに鈴木信太郎訳(岩波文庫)「妄執」

 だが然し、暗闇さへも それ自体 画布であつて、
 俺の眼から 幾千となく迸り出て、なつかしい
 眼相(まなざし)をした 今は世に亡い人々が 画面の中に生きてゐる。

ついでに安藤元雄訳(集英社文庫)「強迫観念」

 だが暗闇は それそのものが画布でもあって
 その上へ、私の目から幾千となくほとばしっては、
 親しげなまなざしの 亡き人々が生き生きと浮き出して来る。

小野によれば《親しげなまなざし》等は原意から遠く、荷風の方が正確。だが、全体に荷風の飜訳は《全く原詩から遠いものであって、ほとんど出鱈目とさえ云い得るものである》と手厳しい。この詩は冒頭で「自然」を「カテドラル」に見立てている。小野はそこにボオドレエルの自然観を正しく把握しなければ最後の「闇」が意味をなさないという。ただし、荷風はそれがまったく分かっていないとしながらも、それでもなお、荷風がこの詩から新しいリズムを経験したことを重要視しようとする。

「編集後記」は中村が書いている。

《文学を機縁に東大で知り合った友人間に、同人会結成の機運が生まれ、これに出版を志す小生が編集発行人として加わり、発会したのは昭和三十二年四月ーほぼ二年を経て、ここに漸く、同人全員の作品を揃えて創刊号発行の運びに至りました。今後は同人をふやし年二回ずつ発刊する予定であります。》

装幀とカットは今宮雄二。晶文社の装幀もいくつか手がけているが、今宮に関する情報はほとんどない。
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by sumus_co | 2010-08-17 21:46 | 古書日録
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