林蘊蓄斎の文画な日々
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川崎長太郎

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『彷書月刊』8月号、特集「川崎長太郎のうたごえ」。齋藤秀昭編集。未亡人インタビュー、そして平出隆×坪内祐三の対談「川崎長太郎のキーワード」は息のあった内容で、平出氏の繊細さと頑固さというのか、その人柄が坪内さんのゴシップ好きの博覧強記と相まって、無類に面白い。たいていの号が保存版だが、これははなまる保存版。

÷

「神田小川町通りの図(風俗画報より)」(『東京古書組合五十年史』)。

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中西屋の棚がどんなものだったかは、八木氏もあまり具体的には書いておられないが、西洋の児童本が並んでいたことは間違いない。野田宇太郎が引用した啄木の日記(明治四十二年二月二十七日)にはこうある。

《二十円の為替を受取っ[ママ]て三秀舎まで歩いていった、中西屋でオスカーワイルド論(アート・エンド・モーラリチー)を三円半に買った! 何年の間本をかはぬ者の、あはれなる、あはれなる、あはれなる無謀だ!》

三秀舎は内神田の印刷所。そして神田駿河台下へやってきた。啄木の浪費癖である。『Art and Morality』は一九〇七年初版。しかし三日後の三月一日には《アート・エンド・モーラリチーを一円三十銭に》売ってしまった。

まさに『一握の砂』のこの歌の通り。

  売り売りて手垢きたなきドイツ語の辞書のみ残る夏の末かな

生方敏郎『明治大正見聞史』(中公文庫)にはこうある。

《日露戦争頃から駿河台下の中西屋が洋書の取次店を始めた。それは人も知る通り今の丸善支店となったが、あの頃には中西屋は、やっとウエブスターのポケットディクショナリーを翻刻した位の程度で、目立つような書店ではなかった》

この発言は八木稿と照らすとかなりいい加減な内容だが、体験的な実感としてはこんなふうだったのだろう。


÷

キャサリン・サムソン『東京に暮す』(岩波文庫、一九九五年三刷)には昭和初期の東京の書店が登場している。一九三三年、バーナード・ショー夫妻が東京に立ち寄り、サムソン邸宅に四日間滞在した。ショーは一週間ばかり前に北京で目にしたH.G.ウェルズの新刊書が欲しいとキャサリンにもらす。キャサリンは《今東京で一番話題の世界でも有数の大書店》へ駆けつける。

しかし誰に聞いても分からない。店長も知らなかったが、もう一度よく探してくれた。地下の倉庫に荷解きされないまま置かれていた。三十分以上待たされてやっとその本を手にした。

《私は暇人なのでこんな遅いサービスでも構わないのですが、もっと迅速にサービスが行なわれるようになっても、以前からの礼儀正しさと、本が売れようが売れまいがそんなことはどうでもよいという大らかさを失わないで欲しいと思います。最近は口先のうまい商売ばかりで、こういうまじめな商売は少なくなってしまいましたが、感じがいいし、売ることしか考えない商売よりも結局は人々の信頼を得ることになるでしょう》

《この素晴らしい本屋のとっておきの悪口を一つ紹介しましょう。もちろん本当の話です.ある人が新刊のベストセラーを買いにいったところ、ショーウィンドーに山と積んであるのに、店員たちはその本はうちにはございませんと言い張ったそうです。
 こんな楽しい冗談の後で、この魅力ある本屋が最近は大らかさを失ってしまい、他の大書店と変らなくなってしまったことを報告するのは残念なことです。先日この本屋に行って、一年に一部売れるか売れないかというような本、本屋に在庫があるとはとても考えられなかった本があるかと尋ねたところ、驚いたことに僅か三分で出てきてしまったのです。しかし次回ベストセラーを買いに行った時にはもっと時間がかかるかもしれません。それを期待してもう一度訪れてみましょう。》
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by sumus_co | 2010-07-26 22:18 | 古書日録
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