林蘊蓄斎の文画な日々
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残雪

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室生犀星『残雪』(竹村書房、一九四三年三月二十日再版)。奥付を見ると初版五五〇〇部、再版二〇〇〇部と書かれているので、再版の方が珍しいということになる(ふつうはたいていそうですが)。初版は昭和十七年。犀星の文字はなかなかいい。文字を中心にした装幀もいい。

室生犀星について書いた人物案内のような原稿が形にならないままになっているのでちょっと載せてみたくなった。

「われはうたへどやぶれかぶれ」

  私はつねづね六十歳を過ぎたら、女のことなぞ気になるまいと思つてゐた。そしてその年齢にとどいてみると女といふ女のひとは、れうらんとふたたび開花の状態を見せて来た。私は寧ろふしぎさうに眼をほそめて、こんな筈はないと道ゆくひとを眺めた。そこで女のひとは永く見なかつたごときあざやかさで、顔にも手にも、一杯の肉をつけて、踊つてみえた。無理にも引き戻されて見直すやうな毎日がつづいて困つた。前にもこんな変な気になつたことがあつたが、それは発動期時分のそれにそつくりであつた。むやみに女のひとが美しく外の物が眼にはいらない程、女のひとが先に見えてくるのである。それと今の私と少しも渝(かは)つてゐない。(「随筆女ひと」)

 犀星は青年のころから自分の容貌にコンプレックスを持っていた。頬骨は高く眼は鋭く口元の血色もよくない。声はとげとげし肩は怒ってごつごつしていた。学生でもなく、ぶらぶらしており、貧乏で惚れた女の人に贈物をすることもできず、やたら名文の手紙ばかりを送りつけてふられていた。青年期のみではなく、壮年期、初老期を通じても容貌ばかりは文章のようにごまかすことができなかった。「広津和郎や志賀直哉の写真を見るたびに立派だと思ひ、そんな顔をもてないくそぢぢいの因果のはて」を忌々しく感じていた。

 犀星は明治二十二年八月一日、金沢市裏千日町に生まれた。本名は照道。生後間もなく同町内の雨宝院の住職室生真乗の内妻赤井ハツに貰われ、私生子として届けられた。兄、姉、妹、三人ともに貰い子だった。七歳のときに真乗の養子となり、室生と姓を変えた。十三歳で金沢高等小学校を中退し金沢地方裁判所の給仕となる。文学書に親しみ始め、新聞に俳句を投稿したり、句会に参加するようになって、犀星という雅号を使い始めた。十八歳のとき雑誌『新声』に送った詩が掲載され児玉花外から激励の手紙が届いた。短期間、新聞社に勤めたが、続かず、二十一歳で上京。花外や北原白秋らの詩人たちと面識を得た。飲酒や遊びを覚え、書物を売ることを覚えた。暮らしが立たず、金沢と東京を行き来することが重なった。

  ふるさとは遠きにありて思ふもの
  そして悲しくうたふもの
  よしや
  うらぶれて異土の乞食(かたゐ)となるとても
  帰るところにあるまじや
  ひとり都のゆふぐれに
  ふるさとおもひ涙ぐむ
  そのこころもて
  遠きみやこにかへらばや
  遠きみやこにかへらばや(「小景異情」その三)
  
 白秋の詩誌『朱欒』を中心に詩を発表し萩原朔太郎と意気投合した。朔太郎、山村暮鳥と三人で人魚詩社を創立し詩誌『卓上噴水』を、続いて朔太郎と二人で『感情』を発行した。『愛の詩集』『抒情小曲集』の自費出版によって一人前の詩人として認められるようになった。しかし詩では食えない。自伝風の小品「抒情詩時代」を『文章世界』の編集主任・加能作次郎へ送ったところ首尾よく掲載された。次に「幼年時代」を『中央公論』へ投稿した。これが滝田樗陰に認められて掲載が決まったとき「バクチは当つたぞ」と犀星は叫んだ。

 これをきっかけに「性に眼覚める頃」「或る少女の死まで」を矢継ぎ早に発表し喝采を受けた。以降、求められるままに小説を書きまくったが、関東大震災、芥川龍之介の自殺とショックが続き、沈滞の時期を迎えた。そして昭和九年、四十五歳、ふたたび猛然と書き始め「文学といふ武器」を幼少時に得た信条「汝また復讐せよ」に従って存分に振るい「市井鬼もの」と呼ばれる作品群を産み出した。戦時中は軽井沢に疎開し自然へとその目を向けた。

 敗戦後、東京へ戻ったのが昭和二十四年、六十歳のときである。やや静かな時期があって六十六歳、冒頭に引用した『随筆女ひと』が書かれた。ここから犀星は再び噴火する。六十七歳で『妙齢失はず』『三人の女』(ともに新潮社)、『陶古の女人』(三笠書房)など。六十八歳で『夕映えの男』(講談社)、『哈爾浜詩集』(冬至書房)、『杏っ子』(新潮社、読売文学賞)など。六十九歳で『つゆくさ』(筑摩書房)、『我が愛する詩人の伝記』(中央公論社、毎日出版文化賞)などを刊行。七十歳で『かげろうの日記遺文』(講談社、野間文芸賞)、『蜜のあはれ』(新潮社)など、七十一歳で『生きたきものを』(中央公論社)など。七十二歳で『黄金の針』(中央公論社)、『草・簪・沼』(新潮社)など。七十三歳の昭和三十七年三月二十六日、虎ノ門病院で死去。肺がんだった。

 歿後にも八月までに『四角い卵』(新潮社)、『われはうたへどやぶれかぶれ』(講談社)、『宿なしまり子』(角川書店)、『好色』(筑摩書房)がそれぞれ刊行された。とどまるところを知らない執筆欲だった。入院した犀星は「もう仕事をすることが出来なくなった」と嘆いたということである。
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by sumus_co | 2010-07-14 21:05 | 古書日録
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