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絵の旅から

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矢崎千代二『絵の旅から』(東京朝日新聞社、一九二六年四月三〇日)。四天王寺で面白そうだと思って買ったままになっていた。朝日新聞大正十三〜十四年連載らしいが、今、あちこち拾い読みしてみると、大正頃の海外旅行の様子がユーモラスに描かれていて楽しい本だ。

矢崎(1872-1947)は横須賀出身の洋画家、黒田清輝の白馬会や文展に出品した。世界中を旅行したことで知られ、歿したのも北京だった。本書にも欧米はもちろん中国奥地やインド、シッキムなどでの逸話も収められている。自ら《印度に三年、支那に二年、南洋に半歳、今はパリーに居るが、これから先どこへ行くともわからぬ身》と書くようなコスモポリタンだった。

《エルベ河の日の暮である。向ふに王宮を見て、月見草のさく川原の草の中でかいていると、四五人の少女が寄つて来て、うちは遠いのかときくから、遠いのだと答へる。と、淋みしからうから、踊つて見せてやるといふ事で、盆踊りを見る様に揃つてうたひ舞ふのである。四つか五つの小さい妹も手をそろへてをどる。》

ええ話やなあ。エルベ河と王宮というとドレスデンか? むろん著者は本好きでパリの河岸の古本屋に関する記述もある。

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《一日のうち夕方のひけ時がかき入れで、その外の時は怠り勝で、ひる時の二時間位休む、灯火はないから夜は閉める、小雨でもふり出せばすぐに閉める、寒暑の盛りにも休むのが多い。店といつても三尺四方位の鉄製の函を、河岸の石垣にとりつけたもので、ふたがあつて錠がおりる。品物は入れつばなしで、身体だけ運べばいゝのだから、店番は老人か後家さんの遊び仕事だ。真剣にそれで食ふのではないから、鷹揚でのんきで駆引などはしない、その函の五つ位が一つの店で、大抵店の方へ背を向けて店番しながら、編みものか居眠りをして居て、店に気をつけてるのは一人もいない、日本なら皆持つて行かれてしまふ。》

などとかなり詳しく書いてあり、つづけてどんな書物を買ったかも出ているが省略。もう一ケ所「差別」というコラムから引いてみる。フランスの田舎で写生していると自転車をひいて通りかかった小僧が「ホンコンホンコン」と言ったそうだ。これがアメリカだと少し違う。

《いそぎ足ですれちがひに、チンチンといふ。少し離れてチャイナマン、五間か十間はなれてから、イート・デッド・ラット(死んだねずみを食ふ)と大きな声でわめいて、当らない様に石を投げる、本当に投げるのではない、気は弱いのである。》

《この子供も又、私を支那人と見て侮辱しようとしたのであつて、私はいつもきたないみなりをして居るから、甘んじて支那人とされて居る。日本人はたとへ皿洗ひをしても、なりだけは非常に立派にして居るから、日本人支那人はなりだけで見わけがつく。併し日本人としても、ジヤツプ、スケベーなどゝやられては、チンチン、チヤイナマンと大したちがひはない。》

「チャイナマン」について言えば、カナダでは一九九八年にロッキー山脈に連なる「チャイナマン山」が差別用語だとして「ハ・リン山」と改名されたという事実がある。澁澤幸子によればトルコでもやはり「チンリ、チンリ」(中国人)とはやされるそうだ。中国人が労働者として世界中で働いてきた証拠のようにも思われる。あたりまえに矢崎の使う「支那」も今では差別語とされて大手メディアではふつうは使われない。

《気に入らないやつはみんな野郎や、あん畜生だった。気に入ったやつも野郎や、あん畜生だった》(トム・ウルフ『ザ・ライト・スタッフ』より)

バッド・マウスについて考えるときいつも思い出す言葉である。
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by sumus_co | 2010-06-08 22:35 | 古書日録
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