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椎の花

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小林儀三郎『椎の花』(文童社、一九六一年七月二〇日、装幀=勝田哲)。北川桃雄が序を寄せている。北川が京都市立第一工業学校の英語教師だったときに小林は国語の教師として同僚になり、親しく交わった。昭和十二三年頃に同人雑誌『リアル』をいっしょにやったが、官憲に弾圧された後に小林はペンを捨てて教壇の人となった。美術学校の校長まで勤めた。数年前から同人誌『DON』にふたたび文章を書くようになってそれらをまとめたのがこの一冊である。というようなことが分かる。

小林の「あとがき」によれば《この春、退職したのをきっかけに、この十年余りの間、そこはかとなく書きつけたものを整理しておきたいと思った》とあって、それを親友の山前実治に相談すると、万事まかせなさいと言われたそうだ。

装幀の勝田哲は京都市立美術工芸学校で教鞭をとっていた日本画家(京都出身で東京美術学校の西洋画科を出ている)。表紙の「むらさきつゆくさ」のシベ(黄色の部分)は手彩色(それ以外はアミ版の印刷)、落款も実押。《三百部くらいなら半日もあれば出来ることですから》と引き受けてくれたそうだ。

山前実治について書いた「飛騨の人」がいちばん印象深い。

《行つけのコーヒー店が三条堺町にある。
 大体、三条堺町という所は電車の便が悪い。河原町からはいるにしても、四条や烏丸からにしても、立てこんだ商家の軒下を、この節とみに多くなった車をかわすだけでいらいらするのだが、庶民的な気楽さとコーヒー店らしいスジの通っているのが気に入って、三日にあげず出かけることもある。

 丸善で新刊書などをのぞき見した帰るさ、三条通りをまっすぐ堺町まで歩いて、戻りは烏丸から市電に乗るか、或いはその逆で、河原町をぶらぶらして帰るのがおのずから決った筋道になってしまった。

 酒の飲めぬぼくには、わずか一杯のコーヒーにそこばくの時間を費すのが、どうやら現在のいこいの一つになりかけているが、そんな、コーヒー店での呆然としている相手に、あるプリント社の彼のつき合ってくれている日が多い。

 そのプリント社は御幸町御池にあるので、電話をかけると、店に居る限り、彼は必ずスクーターを飛ばして来る。三百六十五日、日曜も祭日もない忙しい人だから、ぼくらの様な勤め人の、のんきたらしいコーヒー相手に呼び出すのはいささか気のひけることながら、彼はどんな時でも、二十年来の笑顔をそのままにやって来る。》

山前の経営するのが双林プリント。一方、文童社の所在は東山区南梅屋町二〇六、山前の自宅である。続いて小林は山前の故郷、奥飛騨を訪ねたときの思い出を描き、さらに詩人としての側面に触れて、次の作品「杭の詩」を引用している。

 わたしは かれくさ を
 ふみしめて あるいた。
 野をわたる かぜ に
 ききみみを たてた。
 わたし の
 あたまのうえで
 日をはらんで くもの花びらが
 しずかにうごいた。
 わたしは ぶっつかった。
 かれの に たつ 杭。
 この杭を わたし は
 ちからいっぱいゆすぶっている。

これもはんのきで買った本だ。さすがに百円ではなかったが、うれしかった。

Mさんよりの情報あり。

《今日竹岡書店さんから『椎の花』が届きました。以前から日本の古本屋に出ていて気になっていたこの本を、林さんがはんのきさんで入手されたとブログで知り、背中を押されたかたちで注文したのです。カバーに元パラも残って献呈署名も入っている美本でした。先ほど「飛騨の人」を読み、どこかで読んだような気がして調べたら、『山前實冶全詩集』に再録されていたのでした。》(23 May 2010)
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by sumus_co | 2010-05-21 20:34 | 古書日録
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