林蘊蓄斎の文画な日々
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オデオン通り

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アドリエンヌ・モニエ『オデオン通り』(岩崎力訳、河出書房新社、一九七五年)。昨年読んだもののなかではもっとも印象深い一冊。

第一次世界大戦の最中、一九一五年十一月、ドビュッシーとマーテルランクとラファエロ前派にメロメロの文学少女アドリエンヌ・モニエがパリのオデオン通り七番地で本屋(貸本と古書販売、ちょうちょぼこみたいなもの?)を開いた。一九五一年に引退するまで三十六年間、さまざまな文豪(文豪になる前の)たちとつき合い、出版活動、朗読会、演奏会なども行なった。その回顧録も含めた遺文集である。

たとえばアンドレ・ブルトン。

《一九一六年のごくはじめにブルトンと知りあったとき、彼は軍医補の空色の制服を着ていました。》《彼はまだアラゴンもスーポーも知りませんでした。その二人と同じく彼も、最初は通りすがりの客だったのですが、のちには私の店を足繁く訪れるようになったのでした。
 私たちはすぐ大議論を戦わせるようになりました。私たちの意見が一致したことは一度もなかったと思います。話のあいそうな話題についてさえそうでした、ノヴァーリス、ランボー、オカルティズムなど。彼の考え方はまったく一徹で、とりつく島もありませんでした。》

ブルトンは二十歳だった。若き日のコクトーも登場する。売り出しにやっきだった。あるときローゼンベルグ画廊での朗読会が終わったとき、モニエのそばにコクトーが寄ってきた。

《「ジードが、オデオン通りで『喜望峰』の自作朗読を聞きたいと言ってますよ」
  [略]
 そう、ジードがその気なら私はもちろん結構よ、というわけです。
 そこでコクトーは、こんどはジードに駆け寄ってこう言いましたーー「アドリエンヌがオデオン通りで、是非あなたにもお出でいただいて私の『喜望峰』の自作朗読を開きたいと言ってるんですが、お出でいただけますね?」》

コクトーの計略はすぐに見破られ苦笑をかったが、モニエはごく内輪の朗読会を開いてやり、コクトーにお茶菓子を持参するように求めたという(普段はモニエが用意していた)。

まったく無名のジョイス(表紙の写真はジョイスと歩くモニエ)やベンヤミンを高く評価し世間に紹介しようと務めていたと、まあ、そういう逸話にもあふれる部分も面白いが、たとえばこんな文章にハッとする。

《実際的な面で、私たちは最初からいくつか良い思いつきをもっていた。たとえば、本にハトロン紙のカバーをかけること、製本させないこと、判を押さないことなどである。》

これは古本ではなく貸出文庫についての記述だが、ハトロン紙をかけるということはこの頃から行なわれていたのだ。もうひとつブレーズ・サンドラールが文無しで戦場から帰って、一篇の詩を携えてメルキュール社に行った話。

《その詩は受け容れられた。そこで彼は前払いしてほしいと言った。しかし《メルキュール》では詩には稿料を出さないことになっているという返事だった。そこで彼はこう言ったーー「じゃそいつを好きなように散文に書き直せ、そして俺に百スーくれ」》

《メルキュール》は十七世紀に淵源をもつという文芸雑誌『Mercure de France』、十九世紀末に Alfred Vallette によって再創刊され、象徴派の牙城となった。二十世紀初頭にはマラルメ、ジイド、アポリネールらがしきりに登場。メルキュールの火曜日( mardis du Mercure)として有名なサロンを毎週開き、多くの若き作家たちが集ったという。それでも詩には原稿料を出さなかった(!)とモニエは書いている。「食ふべき詩」を啄木が提唱したのは明治四十二年(一九〇九)、いずこも詩人は食えないものと決まっていたか。
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by sumus_co | 2010-01-27 21:43 | 古書日録
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