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読書随筆

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小野二郎追悼集『大きな顔』のなかに小野の著書『装飾芸術』(青土社、一九七九年)の「あとがき」が引用されており、こういうふうに書かれている。

《かなりの年月、モリスは私の念頭から去らず、その仕事についての勉強も、少しずつはしてきたつもりだったが、実際のところ、例のケルムスコット版『チョーサー作品集』他の書物を除けば、その装飾芸術の実物に接することができなかった。》

一九七三年七月、小野はモリス研究のためにイギリスに渡る。そのとき初めてモリスの壁紙を始め多数の実物を見ることを得た。それまでそんな機会はまったくなかったという告白である。しかしそれでも《ケルムスコット版『チョーサー作品集』他の書物》だけは手にとるチャンスがあった。

ということでこの『読書随筆』(矢の倉書店、一九三九年普及版)につながるのだ。学者を中心として文章も達者な人達の短い随筆を集めたアンソロジー。六十篇。ここに山田珠樹「ケルムスコツト・チヨーサア」という一文が収められている。

《大に吹聴いたしますが、今回このケルムスコツト・チヨーサアが東京帝国大学の図書館の手に入りました。
 手に入つたと云ふと大金を払つて買ひ入れたやうに聞えて相すまない。実はイギリス政府から頂戴したものである。》

イギリス政府は関東大震災によって七十三万巻の図書を灰燼にした東京帝大図書館のためにおびただしい数の図書を寄贈してくれた。そのなかにイギリスの印刷術の変遷を示すコレクションが入っていた。創始期のカクストンの印刷物から第一次大戦後のものまで百六十余冊あり、ケルムスコツト・チヨーサアもそのうちの一冊だという。しかもコブデン・サンダアソンが豚皮で装幀した四十八部のうちのひとつだそうだ。ケルムスコット・プレス『チョーサー著作集』について詳しくは下記参照。
http://www.yushodo.co.jp/pinus/74/chaucer/index.html

小野二郎が東大でこれらを手にしたことは明らかであろう。戦後のモリスブームの端緒は小野の啓蒙活動にあり、それはイギリス政府の将来を見据えた大胆な計らいが実を結んだ好例ではないだろうか。

『読書随筆』には寿岳文章の「モリスと資本論」も収められている。『大きな顔』にも寿岳は小野をみずからの後継者と見なしていたという追悼文を寄稿しているが、小野の一高時代の思想的なバックグラウンドは小池滋の回想によれば次のようなものだった。

《もちろん小野はその頃からマルクス・ボーイであったから、彼と哲学の本や文学の本をともに読み、ともに語る時には、その影響が現れ出た。正直いってぼくには面白くなかったし、時には鼻につくこともあったが、教条主義的ないやみを感じたことはない。[略]実際彼は自分の思想が硬直してしまうのを何よりも嫌い、おそれて、いつも先へ先へとアンテナを伸ばしていた。》

寿岳の「モリスと資本論」はモリスが資本論を読んでいたかどうかという議論について考察したもので《モリス夫人にすゝめられて装幀家に転身し、社会主義者としても終生モリスの僚友であつた》コブデン・サンダスンの日記を持ち出してこう書いている。

《コブデン・サンダスンが愈々装幀家として自立したとき、モリスがサンダスンの門出を祝つて装幀を依頼した記念すべき書物は、実に仏訳資本論であつた。》

モリスはこの頃はまだケルムスコット・プレスの事業を思い立っていなかった。それなのに

《こんな粗末な版本の仏訳資本論に善美をつくした装幀を施したのは、内容に対するよくよくの尊敬からであらう。》

と推測できるのだとしている。むろんモリスが資本論を尊敬していたからといってマルキシストであったというわけではない。モリスはモリス主義者だったに違いない。

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矢の倉書店は大草実(嵯峨信之)が昭和十二年頃に創業した出版社。一九〇二年宮崎県の都城出身。一家で大陸へ渡るなどした後、大正十一年に二度目の上京、文藝春秋社に入った。戦後は『詩学』の編集を長くつとめた。一九九七年歿。この『好日紀行』(昭和十三年四月二十五日)は『読書随筆』の初版(昭和十三年二月二十八日)に引き続き刊行されたもので、内容は文学者、画家、経済人など各界の筆達者が集められた紀行文アンソロジーである。加能作次郎の「富来祭」が収められている。
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by sumus_co | 2009-12-07 21:34 | 古書日録
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